第7話 おばあちゃんの家。言い知れぬ恐怖。
おばあさんと別れてからしばらく歩くと、ようやく目当ての家にたどり着くことができた。
懐かしく、大切な想い出が詰まった、少し寂れた平屋。
時々誰かが手入れに来てくれていたのだろう。庭の木々や草は想像していたよりも荒れてはいなかった。
そして、玄関側の植え込みには、あの想い出の花の姿があった。
白く、どこか寂しげながらも力強く群生している、白い花たち。
いったいなんという名前だったのだろう。
そんなことを考えながら玄関鍵へと手をかけた。
玄関の鍵を開けて、ガラガラと扉を開けると、薄暗い廊下がまず目に入った。
急に暗がりを見たせいか、視界を何か黒いものが横切ったような気がした。
お父さんの言う通り、数年でも人が住まなければ家の雰囲気は変わってしまうのだろう。
それとも、人ではない何かが代わりに住んでいるのかもしれない。
前に来た時とは何も変わっていないはずなのに、なぜか感じる妙な違和感がその思いに拍車をかける。
しかし、いつまでも玄関で立ち尽くしているわけにはいかない。
すうっと深呼吸をし、荷物を玄関に置き、家の中を確認するために中へと入っていく。
お父さんが水道と電気を使えるようにしてくれると言っていたので、それの確認をしに台所の方へと向かう。
蛇口をひねると、勢いよく水が出てきた。どうやら水道は大丈夫みたい。
それじゃあ、電機はどうだろう。
電気のスイッチらしきものを壁に見つけて押してみる。
哀愁を漂わせた裸電球が、なんとも頼りなさげに薄明りを灯す。
「まあ、あるだけマシって思わないとね……」
誰にでもなくつぶやきながら、薄明りの中で台所を見渡すと、あることに気がついた。
「ああ~……確かに、ガスは使えないよねぇ……」
お父さんから、ガスは使えないから持っていけと渡された大量の保存食の意味がわかった。
そう、おばあちゃんの家はカマド炊きだったことをすっかりと忘れてた。
「そういえば、よく火おこしを手伝ってむせてたような気がする」
昔を思い出しながら、最後の確認をする場所へと向かう。
「う、うん……なんとか使えそう……」
和式トイレもかろうじて使えることを確認し、玄関に置いた荷物を居間へと運び、買っておいたお茶で一息つく。
「とりあえず、ひと段落……」
ふぅっとため息をつきながら、居間全体を見渡し、在りし日に想いをはせる。
少しずつだけど、おばあちゃんとの想い出がよみがえってくるのを感じる。
しかし、何かがずっとひっかかっていた。
何かこう、もっと大事な事があったような……。
それが何だったのかわからず、悶々としていると、突然ガラガラと玄関の扉の開く音がした。思案を中断して、慌てて玄関へと向かう。
すると、先ほど別れたばかりのおばあさんが、靴を脱いで家にあがっていた。
「おう。手ぇば貸しにきちゃったぞ。はよう部屋ばなおさんと、夜もおちおち寝れんけえな」
そう言うと、こちらの返答も待たずに、勝手知ったるなんとやら、しゃきしゃきと動きながらさっさと掃除を始めた。
その様子に私が呆気にとられていると、
「なん、ぼさーっとしちょるか。自分も動かんね」
「はっ、はいっ! すみません!」
それからおばあさんは、私なんかよりも数段手際よく水道や電気、トイレなどを確認してまわり、押入れから布団を引っ張り出してきて、廊下の陽の当たる部分に布団を広げてくれた。
「晴れとったらよかったんじゃがのう。ところで、あんたどうやって飯ば食うんかい? カマドとか使いきらんやろうに」
「ご飯は大丈夫です、火を使わずに食べれる缶詰とかを持ってきましたから」
「そげなんじゃ腹もいっぱいにならんやろ。掃除が終わったらわしんとこにこい。飯ば食わしちゃるき」
「そんな、悪いですよ、そこまで面倒見てもらうなんて……」
ここまでしてもらっているのも申し訳ないのに、さらには晩御飯までもごちそうになるなんていくらなんでもあつかましすぎる。
「よかよか、どうせ四人分作るんも五人分作るんも大してかわりゃあせん。それに孫の将太も遊び相手ができて喜ぼうよ」
結局、おばあさんは私の返事も聞かずに再び掃除をし始めた。
どうやら私が食事に行くことは、すでに決定事項のようらしい。
田舎のおばあちゃんというものは、こんなにまでパワフルなのかと舌を巻いてしまう。
そういえば、私のおばあちゃんも、いつも元気に動き回って色々と世話を焼いてくれたことを、ホウキで畳を掃きながら思い出した。
なぜ、私は、あんなに大好きだったおばあちゃんのことを忘れてしまっていたのだろう。
過去が積み重なって今の自分があるのだと、自己啓発の本か何かで読んだことがあるけど、それならどうして大切な想い出を、人はこうも簡単に忘れてしまうことができるのだろう。
今の自分というものが、果たして本当に自分だと言い切れるのだろうかという妙な考えが頭に浮かび、言いしれない恐怖が背筋を登ってきそうになるのを、私は掃除をすることで必死に振り払うのだった。
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