第5話 両親との時間
あれから両親と色んな話をした。
一人暮らしを始めてからの、他愛のない日常話。
向こうでできた友人たちとの話。
会社での仕事の話――つまりは、戻ってくるきっかけとなった話。
お母さんは興味深げに相づちを打ったり、色々と私に質問をしながら聞いてくれた。
お父さんは、いつものようにただ黙って聞いてくれた。
そんな話をしながら、数日間の間はゆっくりと家の中で過ごしていた。
気持ちもいくぶんか落ち着いてきたし、そろそろ行動しないとね。
私は思い切って、お父さんに切り出してみた。
「ねえお父さん、おばあちゃんの家ってどうなってるのかな?」
夕食を終えた後の居間で、ぼーっとテレビを見ていたお父さんの視線がこちらを向く。
「うん? 母さんの家か? なんでそんなことを聞くんだ?」
「えっと……ちょっと、行ってみたくなって……」
私の言葉に、お父さんが怪訝そうな表情を浮かべる。
「急にどうしたんだ? まあ、家はそのままにしてあるよ。そんなに痛んではいないと思うが、どうなっているかまではわからん」
「そっか。うんとね、私さ、しばらくおばあちゃんの家に泊まれそうなら、二、三日泊まろうと思ってるんだ」
「なんだって? しかしなあ、人が住んでいない家っていうのは、ほんの数年で荒れてしまうものだからなぁ」
「だったらちょうどいいよ。それこそ様子見がてら私が行ってくるからさ」
家に帰ってから一度も外出したことのない私が、急に外出を、しかも誰もいないおばあちゃんの家に泊まりたいなんて言い出したのだ。
お父さんの表情も、自然と険しくなっていく。
「なんで急にそんなことを言い出したんだ?」
「えっと、うまく説明できないのだけど……。どうしても行かなきゃいけない気がするの」
訝し気に私を見つめるお父さんを、負けじと私も正面から見据える。
やがてお父さんがあきれたようにため息をついた。
「お前はさ、母さんの後をいつもついてまわってたんだよなぁ」
ほんと、嫉妬しちゃったくらいだとボヤキながら、お父さんが視線を手元に落とした。
「私もね、お義母さんにカナミをとられちゃうんじゃないかって、いつもドキドキしてたのよ」
食器を洗い終わったのだろう。コーヒーの入ったポットをテーブルに置き、お母さんがお父さんの隣に腰をおろした。
「なんだ、お前も同じことを考えていたのか?」
「ええ、だって懐きようが本当にすごかったもの。お義母さんの家から連れ帰る時なんて、毎回泣き出してほんと大変だったわ」
二人で納得するように、うんうんとうなずく。
「いいわ。行ってきなさい。今のあなたにはきっと必要なことなのかもしれない」
「ただし、絶対に連絡だけは欠かすな。絶対にな」
「うん、わかってる。ちゃんと連絡するよ。心配ばっかりかけてごめんなさい」
申し訳なくなって、ついつい頭を下げてしまう。
それを見た二人は困ったような表情を浮かべたが、すぐにいつもの穏やかな表情となって、顔をあげなさいと私を叱咤した。
「心配をするのは親の仕事よ。いつだって自分の子供が一番大事なんだから」
でもね、とお母さんが続ける。
「心配ばかりじゃないのよ? あなたがどんな人生を歩むのか、二人でわくわくしながら見守っている。こればっかりは、親が子供に譲れない一番の楽しみね」
お父さんはお母さんの言葉を黙って聞きながら深くうなずき、少し白髪の混じりだしたお母さんは、それでも若々しく笑った。
ありがとう。
相変わらずその一言が言えない私は、気恥ずかしさをごまかすように、おばあちゃんの家に行く方法を聞いた。
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