第3話 小さな決意の帰郷


 ふと気がつくと、窓から朝日が差し込んでいた。


 どうやら、おばあちゃんの鈴を握ったまま、いつの間にか眠り込んでいたらしい。


「いけない、今何時だろう……」


 おばあちゃんの鈴を大事にポケットにしまいこみ、だるい身体を起こしながらスマホで時刻を確認する。


 どうやら電車の時間まではもう少し余裕がありそうだ。


「ここから見る風景も、これで最後……かぁ」


 部屋の窓から周りを見渡すと、脳裏に会社に勤めだしてからの様々な情景が浮かんでは消えていった。


 辛いことのほうが多かったけど、楽しいこともあった。


 思わず出そうになった涙を、頭をふって情景と共に吹き飛ばす。もう、終わったことなんだ。


 そして大きく一つ深呼吸をして窓を閉め、手荷物をまとめて部屋から出て、部屋へと振り返る。


「今まで、ありがとうございました……」


 誰に言うでもなくつぶやいて、いつもだったら会社に行くための道を進んでいく。


 いつもの駅へと向かう道。


 いつもの日常が始まる道。


 いつかは日常であった道。


 駅へと向かう人々の中に、かつての私もそこにいたのだと思い出す。


 そう、新しい生活に不安を持ちながらも希望に燃えていたあの頃を。


(でも……今は……)


 うつむき加減になりながら唇を噛みしめて、駅への道を歩いていく。


 駅の券売機で、いつもとは違う切符を買う。


 故郷へと、実家へと、そしておばあちゃんとの思い出の場所へと続く切符を。


 ホームへと向かうと、良いタイミングで電車の到着を知らせるベルが鳴り響いていた。


 電車が到着し、電車のドアが開く。


 そして私は踏み出した。これまでの生活との決別の一歩を。


 電車の席にもたれかかって、窓から過ぎ去っていく景色を見つめる。


 正直、まだ悩んでた。


 実家に帰ったところで、いったいどうなるものなのかと。


 仕事も辞めて、夢破れた私に、何ができるのだろうかと。


 でも、そんな私だけど……何をしようかは、決めている。


 ……チリン……。


 ポケットの中のカバンの中のおばあちゃんの鈴を軽く揺する。


 心地よい鈴の音色と電車の揺れが私を微睡まどろみへと誘う。


 そんな夢心地な私を乗せ、電車は私の故郷へと続く道を走っていく……。

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