美味しいカレーの作り方

翠川 依

美味しいカレーの作り方

僕が好きな食べ物。それは妻の作るカレー。

カレーのルーが高価なものでもなければ、手作りな訳ではなく。

いつも安めのスーパーに売っている、中辛のルーを買ってくる。

ならカレーに入っている具材が理由なのか、と言われればそうでもない。

具材はいつも同じく安めのスーパーで買った、人参や玉ねぎ、じゃがいもなど他にも色々な野菜たちを入れたゴロッとしているカレーだ。

じゃあなんで妻のカレーが好きなのか。それは妻が作るカレーだからこそに意味があるのだ。

もちろんカレーだけではなく、妻の作る料理は全て好きだ。大好きだ。

でもその数あるなかでもカレーが好きな理由、それは初めて作ってくれた手料理がカレーだったからだ。

ただただこんな理由で?とも思っただろう。いや、理由はそれだけじゃない。

いつからか、気づいたら妻は結婚記念日の日には必ずカレーを作るようになっていた。

20回目の結婚記念日の時、僕はふと妻に言った。

「どうして君の作るカレーはこんなにも美味しいんだい?これほどまで美味しいんだからお店を開けるよ。そしてそのお店はきっと繁盛するよ。」と、でもそう言った途端、妻の顔は拗ねたような顔をしていた。

どうしてそんな顔をするのかい?と考えていたら、妻が口を開いた。

「カレーが美味しいのは私のとっておきの隠し味が入っているからですよ。ですがその隠し味は貴方にしか味わえないんですから、いいえ。貴方以外に味わって欲しくないです。」なんて拗ねた顔のままで言うもんだから僕は気になってしまった。

妻のとっておきの隠し味とはなんだろう。

それから21回目の結婚記念日がきた日、僕はこっそりとキッチンを覗いた。

どうしても隠し味が気になって。

覗いてからしばらく見ていたが、野菜を切って、鍋の中に入れ、ぐつぐつしだしたらルーを入れてしばらく待つという、いたって普通のカレーの作り方の工程だ。

どこで隠し味を入れるのだろう、もうカレーが出来上がってしまうじゃないか。なんて思って更にまたしばらく見ていたが隠し味を入れたところなんてなかった。

机に座って、どういうことだ?なんて考えながら目の前にあるカレーを口に運ぶ。

それでもいつも通りの美味しい味がする。

なんで、やっぱりルーが元々既製品だから美味しいと感じるのか?でも隠し味を入れたような仕草はなかったのに。

と更に考えていたら、目の前にいる妻は優しく笑った。

「気づいてましたよ、貴方が覗いているの。きっと貴方のことですから、隠し味がなんなのか気になったんでしょうね。ですが、隠し味は最初っからカレーに入っていますよ。」なんて言う妻に、バレていたのかと思ったのと同時にまた疑問が浮かんだ。

隠し味なんて入れた素振りはしていないだろう。本当に、なにが隠し味なのだろうか。

なんて考え、思っていたら妻は呟いた。

「あなたへの愛情。」その言葉に僕は驚き、納得した。

嗚呼、なんだ。僕はなんて勘違いをしていたんだ。

隠し味と言うもんだから僕はてっきり、チョコなどのものだと思っていたのに。それほどまで嬉しいものがこのカレーに入っていたとは。

確かにその隠し味なら僕も、誰にも食べさせたくはないな。いや、僕以外食べて欲しくないよ。

なんて思っていたら更に妻は口を開いた。

「それに、あなたとこうして食べるからこそ、隠し味と相まってものすごく美味しくなるんです」なんて言いながら微笑まれてしまい、僕はそんな妻の可愛い顔に顔を赤く染めてしまった。

単純だけどこのことが、僕が妻のカレーを好きな理由の2つ目。

そして今、僕がキッチンに立ちカレーを作っている。

妻のカレーを見様見真似で結婚記念日の日に作るのはもうこれで3回目。

見様見真似で作ったにしては毎回必ず妻が作ってくれた時と同じ味がする気がする。

その理由はきっと、"隠し味"のおかげだろう。

「はい、小雪さん。カレー、今日は60回目の結婚記念日だよ。」

なんて言いながら妻の写真の前にカレーを置く。

そう、妻は3年前に心不全で亡くなってしまった。

それでも僕は記念日にはカレーを作る。

カレーが僕達の記念日を教えてくれる。

だから僕は妻の作るカレーが好き。

愛情が入った、妻だけが作るカレーが。

妻は僕に美味しいカレーの作り方を教えてくれた。

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