鰯の頭も新春シャンソンショウ

白川津 中々

◾️

神社仏閣巡りなどするんじゃなかった。


事は本日昼下がり。夏冬盆暮長期休暇。1人者に用事などなく、さりとて部屋で芋虫になるのも出不精が過ぎると思い、溜め込んだ金を徳に変えるべく無神論者かつ無宗教者かつノンポリのくせに名のある御仏神格へ参らんと奮起。礼服を取り出しこの猛暑の中汗だくになりながら賽銭箱へ欲望の塊(即ち金である)を放り込む作業に勤しんだ。特段なにを感じるものもなかったし、なんなら人間が作った建築物、造形物へ投げ銭などして浮世の穢れが払えるのだろうかと疑心さえ抱いたのだが、万人が万人ともに「信心」「信心」と唱えるものだからそれに習って二拍手一礼一礼合唱。ともかく財布に入っている硬貨をばら撒き心中にて「なにとぞ〜」と祈り回っていたのだった。詳しい流儀作法も存じなかったが、周囲の所作とスマートフォンでのブラウザ検索によりフローをマスター。鳥居前で頭を下げた後に道端を直進しドラゴンシャワーにて手口を清める一連の動きも完璧。誰がどう見ても最強のテンプルナイトであると自信が沸き立ち男顔である。


だがそんな俺に、徳を積み続けた俺に対して冷や水をぶっ掛けてくる輩が登場。相手は女。齢20頃の、若い女共である。




「あれ、見てよ」


「仏教面が鳥居潜ってる」


「それを言うなら仏頂面でしょう」


「どっちでもいいよ。どっちにしろ、汗だくで気持ち悪い」


「礼服なんて着ちゃってね」


「着るお洋服が他にないんじゃないかしら」


「気の毒だ事」


「……」



クスクスと聞こえる笑い声。自尊心、尊厳が亀裂し、阿修羅の顔が覗く。想像する女共への復讐。けじめ。陵辱と殺戮の嵐。境内にて脳内地獄を演出。これまでの徳が一転、業へ転じる音がした。




あぁ、俺はなんのために金をばら撒いたのだ。こんな悔しい想いをするために、こんな辱めを受けるために神仏へ祈ったのか。




声にならない叫びをあげる。無論、誰の耳にも届かない。辺りには引き続き、クスクスと俺を馬鹿にする嘲が響くだけであった。誰も俺を助けてくれはしない。救いもない。俺はただ、誰かから蔑ろにされ、傷つけられるだけの存在なのだ。金を払ったのに、賽銭したのに!





「神は死んだ」




俺はそう呟いて鳥居の真ん中を歩いて帰った。神もに仏にも救われない俺には、敬わない権利があった。全てに唾を、全てに憎しみを。これより悪鬼。征くは悪道。綺麗でいたかったのに、正義でいたかったのに、世界が、世間が、皆が皆、俺を醜悪にさせるのだと気付いてしまったのだ。あぁ、こんな事なら、こんな事なら……




神社仏閣巡りなどするんじゃなかった。



時すでに遅し。

現世の闇は黒く、深く。

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