第40話 リバークラフトの夜明け
§
「アキラ、お前にはパーティを抜けてもらう。今日でクビだ!」
「え?どういうこと?」
出発を明日に控えて、僕たちは深夜の居酒屋にいた。トイレに行って戻ってきたら、テーブルの空気が重たい。これは何かあるなと思っていたら、僕はリュウからクビを言い渡された。
「なんで?なんで僕がクビになるの?」
「なぜだって?自分でわかっているだろう!
お前がっ!役立たずだからだろうがあぁぁ!!!」
木造の天井から吊り下げられたランタンが、ぼんやりと温かい光を投げかけ、店内の隅々に柔らかい影を作り出している。古びた木の床は、冒険者たちの歴史を物語るようにすり減り、それとは別にこぼれた酒や食べ物が散見された。
深夜の居酒屋の喧騒を切り裂くように、リュウの怒声が響き渡る。周囲の視線が集まり、僕は首をすくめた。
「まず、お前のバフ。本当に効果があるのか分かったもんじゃない。それをお前は言葉巧みに、パーティの戦果を自分の手柄であるかのように振る舞っている。お前のバフが実力不足だってのは、お前自身が認める事実だろうがっ!!」
「ちょっと待ってよ。僕のバフは成長したんだ。少しはパーティの役に立てていると自負しているよ。」
「ハンっ!少しってどのくらいだよ?この詐欺師が!」
彼は酒と自分の過激な言葉に酔い、ますます口が滑らかになる。
「だけど、僕のバフでモンスターをたくさん倒してきたのも事実でしょ?」
「事実とはなんだろうな。勝手なことばかり言いやがって。サドリッジの村がモンスターに襲われ滅びる寸前だった。俺は村人のために必死で剣を振るった。倒しても倒してもモンスターは湧いてきたからなぁ!お前は、女どもと笑って話してただけじゃなかったか?」
「ん。そうだったね。それはごめん。」
「ごめんで済むかぁ!俺はオーガを単独討伐したぞ!あれはお前のバフのおかげか?」
「いや、あれはリュウの実力だ。」
「当たり前だ!俺たちはお前のバフなんざ必要としていない!お前はバフをかけたといって、その後はうしろに隠れてるだけ。身体をはり続けてきたのはいつも俺たちだ!しかもその肝心のバフが、頗る怪しい。なんでお前をパーティに置いておかなければならないのか、逆に聞きたいくらいだ!」
(確かにそんな付与術師いらねえな。)
(あぁ、酷い寄生虫だ!)
(俺も前衛職だからあの戦士の気持ち、よくわかるぜ!)
酔客の歓心を刺激したらしい。リュウへの同調の声が聞こえてきた。窓の外はもう、灯りがついた店も疎らになる時分だ。街の静けさの真ん中を時折風が通り抜けては、木々を揺らしているに違いない。
「ねえ、リュウ。僕たちは幼馴染で、冒険者としてもずっと一緒にやってきた。クビだなんて、少し冷静になってよ。」
「またそうやって、俺の慈悲にすがるのか!俺が何度お前を許してきた?お前はもう、終わったんだよ!」
僕がいつ許してもらったというのだろう。何を許してもらうのだ。パーティに誘ってきたのも付与術師を勧めたのもリュウだ。僕は付与術師として、パーティのために力を尽くしてきた。
「終わってなんかないよ!明日から僕たちの旅が始まるんだ。」
リュウは心底呆れたという顔になって、罵倒を続ける。
「なぁ、アキラよ。なんだ?【異次元バッグ】って?童話に出てくる子どもたちが大好きなあれの真似か?自分はそんな夢のようなものを持っている特別な存在だから何?荷物運びができる?…それだけ大きく広げた風呂敷で荷物運びとは笑わせやがる。
うちにはすでに立派な荷物持ちがいるわけだが、これはリゼットへの嫌がらせか?」
(【異次元バッグ】!!ぎゃははははっ!)
(荷物持ちじゃなく、お笑い係でもやってろ!)
(だいたいお前は荷物持ちじゃなくて、お荷物なんだろ?)
「それにお前、戦いの前の【おまじない】ってなんだよ?虫唾が走る!【おまじない】って、そんなスピリチュアルで貢献がアピールできるか!」
(はあっっ!もう駄目だ!腹が痛い!)
(【おまじない】だ?不思議ちゃんきた!あっははははは!)
(俺にはこんな幼馴染がいなくて助かったぜ。)
観客たちは無遠慮に野次を飛ばし始める。
「おい、アキラ!もう一度だけ言うぜ!
気の毒だが、お前は今日をもって…追放だ!!!」
乗ってきてるな…。
大事な話なのに少し酔いすぎだよリュウ。
「ねえねえ、僕たち明日から旅立つんだよ?そんな急にメンバーを減らして、旅はどうするつもりなんだ?」
「明日から旅だから言ってるんだろ!危険な旅だから、足手まといは切っておくんだ。これはパーティを考えた上でのリーダー決定だ。だいたいうちは5人パーティだ!お前がいないほうがバランスがいいのはお前もわかっているだろ!」
(ぷっ。5人パーティだったのかよ。)
(お遊びじゃねえんだぞ!)
(それは1人切って当然だ。)
「もう1つはっきりさせておきたい。お前、懐に入ってる金、全部出してみろよ。」
「なんだよ、急に。」
「なんだじゃねえ!最近羽振りが良すぎて怪しかったんだ。横領してるんじゃねえか?」
(おい、盗みまでしてたのか?)
(それは笑えねえ。心底この戦士に同情するぜ。)
(早く!潔白なら早く有り金見せてみろ!)
「見せるけど、ちゃんと説明を聞いてほしいんだ。」
「うるせえ!とにかく早く見せてみろ!この居酒屋だって、お金は自分に任せてくれって?収入は同じはずなのに不自然だろ!そんなに女にモテたいのか?」
さあ、そうだ。
あり金、全部出すんだよ。
そうそう、ジャラジャラジャラってもんだ。
ジャラジャラジャラジャラ…
…って、え?おい?どれだけ出てくるんだ?
しかもそれ、白金貨じゃねえか!
「うん。白金貨だけでも400枚くらいかなぁ…。」
はあぁぁぁぁぁあ?
「なんだよそれ!お前、それ一生遊んで暮らせるじゃねえか!」
(ほ、ホントに着服してやがった…。)
(これはマジもんの屑だな!)
(これ、追放で済まないんじゃ…)
「このお金はやましいものじゃないよ。」
「うるせえ!お前がそんな大金持ってる時点で、あり得ねえ!有罪だろうが!思い当たったぞ。お前が不遜にも伯爵に悪態をついたせいで、俺たちのSランクは取り消された。だけどお前は、これだけの金を隠して、1人だけ将来安泰だったんだな!」
(よく今まで我慢してたな。)
(貴族に悪態ついてSランクを棒に振った??)
(あり得ねえ…)
「これはな、アキラ。俺だけの独断じゃねぇ。こいつらメンバーにも追放の話は伝えたが、誰もお前をかばわないだろう。みんなこの決定に口を出さないと言っている!」
「確かに、この話し合いに関して、私たちは黙っていると約束したな…。」
グレースがポツリと言う。決定に口を出さないと、話し合いに口出ししないは全然意味が違う。
「ほらな。これが答えだ!【寡黙は金貨の説得力】ってな!みんなお前には早く出て行ってほしいんだよ!」
(これで決まりだな。)
(おい、詐欺師の坊主。男は去り際だ!)
(ぐうの音も出ないか?ガハハ!)
「なるほど、りゅう。言いたいことはわかったよ。伝えてくれてありがとう。」
「わかってくれたか。」
「うん。誤解もあるけど、誤解を生んだ僕にも責任があるね。」
「そうだ。お前がキッパリとその責任をとる時が来た。それが今だ!!」
「わかった。誤解を生んだことは…ホントにごめんなさい!」
「へ…。そ、そんなんんで、済むわけねえだろうがあぁぁぁ!!」
「じゃあ…、本当にすみませんでした。
それで、さっきの返事だけどね。
僕はこのパーティを…辞めないっ!」
「は?いやいや、お前に選択権があるわけが…」
「そうか!辞めないか!安心したぞ、アキラ!」
「話は無事、終わったね!ホント、よかったぁ!」
「んふぁ。これで明日からもボクたち5人で仲良く冒険だね。」
「うん。それにリュウ、僕が辞めて困るのはお前だよ。
さあ、明日は旅立ちだ!
みんな、そろそろ宿に帰って早く寝よう!」
「はあぁぁぁ???
何言ってんだ、アキラ?
お前らも、ホントにそれでいいのかよ!」
「っもう、まだ言ってる。いいに決まってるでしょリーダー。」
「明日は早いぞ。リーダー、酒はもうこのくらいでいいだろう。」
「んふぁ。明日が楽しみだね!帰ろっ、リーダー!」
「ちょ、お前ら!ちょっと待てよーーーー!!!」
(なんだったんだ、いったい?)
(これだけやって追放はなしかよ?がっかりだぜ!)
(けっ、馬鹿馬鹿しい。お前ら早く帰ってさっさと寝やがれ。)
ぶつぶつと不満を呟きながら、酔客はそれぞれのテーブルに戻った。次の話題を肴にエールの一杯も煽れば、もう今の出来事は忘れている。
この街、リバークラフトの夜が更けていく。
澄み切った夜空を大きな月が照らしていた。
僕たちの冒険は、ここから始まるんだ。
第1章 完
☆☆☆
第1章の最終回です。
最後に★評価、また次巻にむけてフォローなどよろしくお願いします。
第41話は「あとがき」になっていますが、そちらも続けて読んでいただけると幸いです。
また、新しい連載『みんな、剣聖。~女の子4人組で配信冒険者を始めるつもりが、4人とも回復職だった件~』本日から投稿しています。
https://kakuyomu.jp/works/16818093084431341621/episodes/16818093084431674212
気楽に読める作品ですので、こちらもよろしくお願いします。
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