06.貴方の腕の中で1

 背中にしがみ付いた手を外し、精悍な顔へと伸ばした。自分よりも十若いその顔には、いくつもの傷が宿っている。大きなものはないが今までどれほどの死線をくぐり抜けてきたかを物語っていた。その一つ一つを指で辿っていく。


 己の意思で人々を助けるために騎士になることを選び、勇敢に立ち向かって数多の恐ろしい魔獣に立ち向かった彼は、真柴にとってとても眩しい存在だ。部下を指導しているときも、無数の木刀が向かってくるのを薙ぎ払い倒している姿は本当に映画を見ていると思ってしまうほどに格好良かった。その人が自分を好きだと、死なないでくれと縋り付いてきた先程が未だに信じられない。

 どうして彼はこんなにも熱い眼差しを自分に向けてくれるのだろうか。

 役立たずの自分なのに……。


(いや、役に立ったんだ……知らないところで)


 だからこそ切望してしまうのだ、自分が本当に誰かのために存在しているのだと。かつてのように無意味にある存在ではないのだと。

 それを感じられたら自信を付けてアーフェンの隣に立つことができるような気がするのだ、胸を張って、なににも怯えずに。

 自覚のない救済ばかりを繰り返した所で何一つ自分に残るものはない。実感がない成功ほど無意味なものはない。どれほどアーフェンやローデシアンに騎士団を助けたと言われたところで自惚れるほどのなにかを手に入れたとは思えないのだ。


 すべては真柴のわがままだ。

 自分がどれほどの人間なのかを知りたい、自分が誰かのために生きているのを感じたい。前の世界で役立たずでしかなかった真柴だからこそ、この世界でなにかを掴みたいのかもしれない。

 未だに残る涙の跡を拭った。

 あれほど強い人が泣くほど真柴を想ってくれているのが嬉しくて、こんな自分でいいのならすべてを捧げたい。

 今だけは。


「ベルマンさんの好きにしてください。多分、なにをされても嬉しいから……」


 親以外にこれほど愛されたことはない。こんなにもジッと見つめられたこともない。そして、これほどまで熱い眼差しを真っ直ぐにぶつけられたことも。

 自分のすべてを彼に捧げたい。

 たとえ明日死ぬことになっても、彼に愛された記憶で満たしたらきっと心残りなどなく悔いもないまま旅立つことができるだろう。


「バカを言うな……お前はその……初めてなんだろ」


 アーフェンが珍しく真っ赤になってプイッと顔を逸らしたが、すぐにその熱い眼差しだけが戻ってくる。

 この世界では同性同士で家族になることは珍しくない。当然そういうことをしているのだろうことは、もう子供ではない真柴にもわかる。だというのに、異世界から来た真柴のことを気遣う彼の優しさが嬉しくて、厳つい頬を両手で包んだ。


 変わらず美しいブルートパーズの瞳の奥は熱を湛えている。真柴はそれがどこまでも綺麗に思えた。本物の宝石よりもずっと。

 そこにひどく貧相なのに色に溶けた自分の顔が映し出されている。

 みっともない。

 だというのに、アーフェンは熱い眼差しを向け続けている。

 息をするのも苦しいくらいに締め付けられた心が、心音を激しくする。


 真柴はそっと目を伏せ自分を落ち着かせてからもう一度アーフェンを見た。変わらぬ熱い眼差しに決意を固める。


「貴方だから、すべてを委ねるんです」


 自分が口にしたことが恥ずかしくて、真柴はまた目を伏せた。


「……どうなっても知らないからなっ! くそっ……煽るなバカが」


 荒々しい声に、かつてはあれほど怯えていたというのに、今は心地よくて恥ずかしくて、隠すようにアーフェンの頬に充てていた手を外し、腕で顔を隠した。真柴にできるのはこれが精一杯だ。前の世界ではなにも経験がない分、どうしたら良いか分からない。

 年齢に見合った知識はあっても実体験が伴わない分、なにをしていいか分からない。


「本当に好きにするぞ……加減しないから覚悟しておけ」


 宣言と同時にアーフェンは真柴の服をたくし上げると、現れた貧相な腹部に口付けを落としていった。へこんだ腹とあばらの間やへその周り、そして次第に上がっていき、小さく存在など忘れてしまう胸の飾りをペロリと舐めた。


「ひっ……」

「……これが悦いのか? 教えろ」


 傲慢な物言いにすら恥ずかしくて口にしていいのか躊躇われる。なにも言わない真柴を叱るように小さな突起を噛み、痛いくらいに吸い上げた。


「いっ……グニグニ……しないで……くださいっ!」

「じゃあ言え。どうだったんだ……言ってくれないとわからないだろ」


 チュッと音を立ててからアーフェンが離れるのを感じた。大きな手が真柴の細くなった手首を掴み、開かせる。赤くなっている自分の顔など見られたくない。そう言おうと彼を見れば、変わらない熱い眼差しに恐ろしいと感じてしまうくらい切迫した表情をしていた。


 ――ああ、そうか。


 同じ男だからわかる。彼がどれだけ堪えているかが。どれだけ苦しいのか。それでも真柴に気遣っているというのを切々と感じて、ほうっと吐息を吐き出してから乾いてしまった唇を舐める。


「擽ったいです……」


 声を出した理由を伝えれば厳めしい表情が綻び、滅多に見せてくれない笑顔へと変わった。厳しい声ばかりを出し真剣な表情しか知らなかった彼の、あまりにもの優しい表情に、そんな顔も見せるのだと……それを自分に向けてくれているのが溜まらなく嬉しくて、また彼へと流れていく感情が勢いを増していく。


(好きなんだ、本当にベルマンさんが……)


 もう何度目の自覚だろう。

 だというのにこれ以上ないほど膨れ上がり、自分でもどうしようもないほど暴れ回ってしまう。

 男の身体は素直だ。


 相手を好きだと感じれば否応なしに反応してしまう場所がある。自分でコントロールしたいのにできないそこが恥ずかしくて、身を捩った。自分の浅ましさを彼にだけは知られたくない。


「そうか。嫌じゃないなら続けさせてくれ。お前の全部を感じたいんだ」


 縫い止められた腕を動かすことができず、それでもみっともない顔を隠したくて横を向けば、秋の空気に冷やされたシーツが冷たく頬に触れた。自分がどれほど紅潮しているかを認識して、また体温が上がる。

 アーフェンは手首を放すと真柴の服に手を掛けて容赦なく脱がした。V字ネックの服は同じ型の薄い肌着と一緒に簡単に抜き取られ、真柴の薄っぺらな身体があっという間に露わになる。さわりと秋の冷たい空気に肌を撫でられてブルリと震えた。


 真柴の肌に掌を乗せてるアーフェンはすぐにそれを感じ取り、躊躇うことなく己の上衣を脱ぎ捨てた。僅かに灯った蝋燭の灯りが影を作るほど隆起した筋肉に覆われた逞しい身体が現れる。


「安心しろ、すぐに熱くしてやる」

「……んんっ」


 肌をまさぐられたまま落とされた口付けは、信じられないほど優しく、柔らかかった。肉厚の唇が真柴の唇を挟み舐める。何度も、何度も。それだけで真柴はおかしいくらいに力が抜けていった。合わさった肌から流れる温かさのせいだろうか。

 重いと感じないのは、アーフェンが全体重を掛けないように片腕で己の身体を支えているのだと知る。その気遣いが、彼の優しさが、嬉しくてもっと体温を感じたくて、そろりと枕の横に転がっていた腕をまた彼の背中へと回した。


 感じる体温の安心感。唇を啄まれる心地よさ。

 僅かな力すら抜けるのを感じて、アーフェンは乾いた唇を舐め、それからぬるりとそれを口内へと潜り込ませてきた。


「ん!」

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