07.神の暴走と二人の未来4
「どうにもなりゃしねーよ。ただ今までとおんなじ日々を過ごすだけ。神なんてのはただの監視人だ、人間の生活に深く関与しちゃいけなかったんだ。だけど末っ子のクリサジークはもっと信仰を集めたかったんだな、強くなるために。俺たち神ってのは、人間の信仰を糧にしてるんだ。多けりゃ強くなるし、全く感謝されなきゃ朽ちていく。クリサジークは聖者ってのを使って自分に祈りを捧げるようにしたのさ。だが、異世界の人間を呼び寄せるのは禁術だし、自分が生み出した魔獣を弱くする力を命に結びつけんのも当然許されちゃいない。だから創造の神の怒りに触れたのさ。だけど、神なんてもんがいなくたって人間も世界も支障はない。どんなに祈ったって俺たちにできるのは祝福を与えることだけ……与えたところでいつだって死なれちまうんだ」
最後の言葉はやるせない淋しさや悔しさを含んでいた。
真柴から聞いていた前の世界の話を思い出す。
仕事が辛くて生きているのが辛くて、ついには塔よりもずっと高い場所から飛び降りて死のうとしたと。神がどれほど祝福を与えたところで、本人が死を決断してしまえば……それを実行してしまえば、後に訪れるであろう幸福も消えてしまうのだろう。
「そんなんだからお前たちがこれから先、神がいないこの世界で生きていく上でなにも不自由なんてねーんだよ……ただ寿命を全うすりゃそれで充分だ」
今まで高慢だったドゴの声が優しい。真柴に対してもきっとそんな気持ちだったのだろう。どんどんと自分を粗末にしていく彼を見捨てられなかったに違いない。
この世界に呼び出されたことを気にかけるほどに優しい神。
アーフェンは上体を起こし、真柴を見た。本当に起きるのだろうか。どれほど見つめても目覚める気配がない。
ちらりとローシェンを見た。創造の神の分身なのか分からないが変わらず穏やかな瞳でアーフェンを見つめ返してくれる。
「この子は最後に力を使ってから俺が眠らせた。寝てねーと命がすり減るからな。起こしたいんだったらすぐにでも術は解除するぞ」
「そうしてくれ。真柴が無事なのかを確かめたい……あんたもだろ、ドゴ」
「まあな。創造の神の術がどれほどかも確かめたいしな」
ドゴはパチンと指を鳴らした。見えない薄膜が張られていたのか、パリンと薄氷を割ったような音がした後、弾け飛んでキラキラと周囲の炎の光を乱反射させた。
光が四方八方へと飛び散る中、真柴の漆黒の睫毛が揺れ、ゆっくりと瞼が上がっていく。いつもの彼の寝汚さが嘘のようにすっと上がり、夜の闇に似た瞳が僅かに揺れ、緩く彷徨った後にアーフェンの姿を捉えると、ふわりと花が綻びたような弱々しい笑みを浮かべた。
「ベルマンさん……おはようございます」
いつの間にか燃え広がるのが止まった炎の光を朝陽と思っているのか。
アーフェンは泣きそうになった。涙が零れ落ちるのをぐっと堪え、「あんまりに遅いから……迎えに来たぞ……。早く起きろ……いつまでも寝てると……布団を剥ぎ取るからな」
いつものように言っているつもりが、どうしても声が震えてしまう。
真柴が細い腕を伸ばしアーフェンの頬を撫でた。
「泣かないでください……僕はまた眠ってしまったんですね」
「お前は寝過ぎだ……もっと早く起きてくれねーと……俺が困る」
「そう、ですね。もう力は使いませんのでこれからはできるだけ毎日起きるようにします」
自分ではコントロールできないくせに何を言っているんだ……。だがこれ以上口を開いたらみっともなく泣いてしまいそうだ。奥歯を噛み締めて堪えているというのに、真柴の指が何度も頬を辿り、温かい掌が包み込んでくる。
(くそっ……泣かせるなバカッ!)
これ以上の言葉を紡ぐことができないアーフェンの反対側からドゴが真柴を覗き込んできた。
「身体の調子はどうだ?」
「貴方は……?」
「んっと……神様ってところかな?」
真柴はドゴの顔をじっと見つめてから軽く首を傾げた。
「そうだったんですね。今まで僕を見守ってくださってありがとうございます、ドゴ」
「えっ?」
面影どころか全く別の顔だというのに、真柴は躊躇うことなくその名を口にした。しかもかつて彼に向けていた笑みを浮かべて。
これにはアーフェンやローデシアンだけでなく当のドゴも戸惑って自分の顔をベタベタと触った。
「……あれ? 俺、今どっちの姿?」
「ずっと違和感を抱いていたんです。この世界に病気がないのに、うがいと手洗いをするように言った僕に、ドゴは素直に頷きました。だから僕はずっとこの世界にも病気があるんだと疑いもしませんでした。『病気』なんてものを知る人間は僕と同じ世界の人か神様以外いないから、ドゴかなって」
なかなかの名推理にドゴは吹き出し、嬉しそうに「ご名答!」と拍手を送った。
「神様だったんですね、だからあんなに聡かったんですね」
先程の緊張感を知らないからこその穏やかな表情に、ドゴも飄々とした表情を引っ込めて慈しみを押し出した優しい面差しへと変わる。祝福を与えるほど真柴のことを気にかけた神は、その頭に手を置き「もう死のうとするなよ」と子供を諭すみたいに髪をぐちゃぐちゃに撫でた。
「どうやらお前はもう力を使えなくなったみたいだ。それに、こいつと一緒に生きられるようになったらしいぞ」
「そ……なんですか?」
「夢の中で訊かれたんだろう? どうしたいのかって」
そんなことがあっただろうかと首を傾げた真柴は、ハッと顔を上げようとしてどふっと枕に頭を戻した。
「あれはっ! そんな……希望というかなんというか……忘れてください!」
「安心しろ。訊いたのは俺じゃないし、叶えたのも俺じゃないから」
「そ……なんです、ね」
ホッとした顔が可愛いと思ってしまうのは、惚れた弱みでしかない。
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