06.神の暴走と二人の未来3

 二人の神は驚き、風に近い場所にいたクリサジーク神はそのまま己の技を受け、ドゴは素早く避けた。


『なにをしているのですか。この世界を壊すつもりですか』


 穏やかで温かみのある声が風と共に部屋の空気を震わせた。同時に窓から入ってきたのはアーフェンの愛馬ローシェンの黒く大きな体躯だ。火が広がった部屋だというのに、怯えることなくまっすぐにアーフェンの元へとやってきた。


「ロ……シェ……」


 真柴を背中に乗せて逃げろ。

 僅かに瞼を開き捉えたその姿に、アーフェンは縋るように手を伸ばす。

 なぜルメシア領の馬小屋にいるはずのローシェンがここに居るかなど疑問に思う暇もなくそう指示しようとした。

 ローシェンは大きな舌でぺろりとアーフェンの頬を舐めた。ふわりと身体が浮きズドンと重いものが背中の奥へと落ちてきた。


「がはっ」


 肺に溜まった息が一気に吐き出されたが、衝動の後、動けなかったはずの身体が羽のように軽くなる。


「どういうことだ……」


 アーフェンの身体が元に戻ったのを優しい目で見つめ、ローシェンはすぐに真柴へと近づいた。この喧騒の中じっと眠る顔を見つめた後に鼻を寄せる。クンクンと匂いを嗅ぎ、盛大に鼻息を吹きかける。漆黒の濡れたような艶やかな髪が一気に吹き飛ばされ、小さなおでこが現れる。


『間もなく命が終わるわ。なぜ異なる世界のものがここにいるのかしら』


 また優しい声が轟く。


『クリサジークはやったのですね。しかも無理矢理に力を与え命と繋げたのですか、可哀想に。ブリアードの祝福がなければもっと早くに死んでいたことでしょう』


 ローシェンは長く大きな舌で真柴のおでこを舐めた。


『優しい子。私の子供が申し訳ないことをしました。摂理に反することはできませんが貴方は何を望みますか……そうですか、分かりました。その願いを叶えましょう』


 ローシェンはアーフェンにしたのと同じように真柴の頬も舐め、それから固まっている二人の神をじとりと見つめた。


『ブリアードはなぜここにいるのです。自分の世界はどうしましたか?』


「はんっ、俺の世界は上手くいってるから良いんだよ」


『そう、誰よりも貴方の世界は人間が多いですね。ですが、この子のように疲れ果てています。幸福とは言いがたいでしょう。慢心してはいけませんよ』


 ドゴはむっとして不貞腐れた顔を露わにした。変わらない態度のドゴに反して、しゃがみ込んでいるクリサジーク神は見て分かるほど怯えていた。


『クリサジーク、貴方は何度言えば理解するのですか。信仰を得るために他の世界より人間を連れてきてはいけないと、奇跡を起こさせるために命を使わせてはいけないとあれほど言ったにも拘わらず、また愚を犯しましたね』


「全世界を作りし母なる全知全能の最上神。これには理由があるのです!」


『どのような理由があろうと、他世界の人間を引き込むことは重罪。貴方は何度罪を犯せば気が済むのですか。最も幼い神と甘やかしてしたのがいけなかったようですね。これよりその身に厳しく教えなければなりません』


 穏やかで優しい声音を続けているのに、クリサジーク神は怯え、だが相手の思い通りにするものかとまたしても力を放つ。


「我は何も悪くない。この世界を正しく導いてきたが信仰が少なすぎるのだ。信仰がなければ力をつけることができないではないか!」


『そのために人間の脅威を作り、他世界より救世主を呼ぶなど愚か。その一瞬の信仰しか得られないとなぜ気付かないのですか。もっと人間に目を向けることを教えなければなりませんね』


 ローシェンはいななき、飛んできた力を再び跳ね返せば、避けきれずにまた己の力で倒れたクリサジーク神を光の輪で縛り上げた。両腕両足が光の輪により引き上げられる。


「放せ、放すのだ!」


『頑是無い。性根を入れ替えるまではこの世界に戻れると思わないことです。さあ行きなさい』


 光の輪はさらに一回り小さくなると、クリサジーク神の身体をきつく締め付け、宙を上がり消えていった。ローシェンは消えるまで見て、次にドゴを見つめた。


『さあブリアード。貴方も自分の世界へと帰りなさい。といっても、この子が目を覚ますまではここに居るのでしょうね』


「そりゃそうだ。俺が祝福を与えた奴がどうなるか見届けなきゃ納得できねー」


『変わらず頑固ですね。けれど、これ以上この世界に干渉をしてはいけません。世界の均等が崩れてしまいます』


「……聞くけどよぉ、創造の神。この子に何をした」


 寿命の入れ替えしかできなかったドゴは真柴を見てその様子が異なるのを察すると悔しそうに訊ねた。


『寿命は寿命。私でも摂理に反することはできません。ただ力と命の繋ぎを解き、この子の時を緩やかにしただけ。異世界よりやってきたからこそ可能なこと。あなたと共に年を重ねることが願いでしたから』


 ローシェンは変わらぬ穏やかな眼差しでアーフェンを見つめた。アーフェンはハッとして真柴に目を向ける。変わらず穏やかな寝息を立てているが先程よりも顔色が良いように見えるのは気のせいか。呼吸も僅かに深くなっている。


『見届けたらば、必ず自分の世界へと帰るのです。約束してください、ブリアード』


「分かったよ、創造の神にしてすべての神の母……ありがとうよ」


 ローシェンは穏やかで優しい眼差しをもってドゴを見つめると、数度瞬きをした。神が宿っていたとは思えないほど、いつもと変わりない愛馬の仕草でアーフェンの側へとやってきた。

 突然に起こった出来事が未だ整理できていないローデシアンが腰を抜かしたまま、クリサジーク神が消えた宙を見上げていた。


「……神を失った我らはどうなるのだ」

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