04.嵐の襲来4

 だが、それは真柴の態度にも問題があると考えている。どこか世捨て人のようにすべてを投げやりにしている雰囲気があり、己のことよりも他者を優先するその気質が相手を増長させるのだとなぜ分からないんだ。

 そんな人間に想いを寄せてしまった自分の苦悩も……。


「力を……使わないでくれ……」

「ベルマンさん……でも僕はきっと、誰かを助けるためにこの世界に連れてこられたんだと思うんです。でなければあの時にはもう死んでましたから。だから……嬉しいんです」


 真柴は花が綻ぶように微笑んでいた。やっと使命を得たことへの安堵と存在意義を見出せたといわんばかりに表情を輝かせている。

 アーフェンにも覚えはある。騎士団に入団が決まったその瞬間、きっと同じような顔をしていただろう。悦びと期待に満ち溢れ、誇りに胸を弾ませていた。

 けれど自分の時と真柴は違う。命が関わっているのだ、彼の……。


「最後に一度だけ、自分が誰かを助けているんだという実感をください」

「そんなの……ずるいだろっ!」

「分かっています。でもたった一度でいいので……」


 なんてずるい男なんだ。

 なにも言わなかったアーフェンを責めることもせず詰ることもせず、懇願するなんて。


「俺は嫌だ……お前が大事なんだ……」


 鼻水が溜まり、喉が震える。出そうと思っている言葉が心の奥で閊え、口を開いては閉じるのを繰り返した。

 本当に言いたいことは別にある。

 だというのに上手く出てこない。

 苦しくて歯がゆくて、テーブルを殴る代わりに真柴の痩身を抱き締めた。


「俺はお前が大事なんだ……死ぬことを選ぶな……」

「ベルマンさん……」


 ゆっくりと真柴の腕がアーフェンの背中に回った。子供をあやすように広い背中を撫で始める。

 二人の様子に、アーフェンの聞いたともない悲壮な叫びに、ローデシアンが立ち上がり「明朝迎えに来ます」と告げて深々と一礼をすると小さな家から出て行った。真柴との約束を取り付ければ彼の目的は果たしたのと同じだろう。

 小さく扉の閉まる音がした。


「……どうしても行くのか? 俺を置いて逝くつもりなのか」

「僕はちゃんと皆さんのお役に立てたんですね……良かった」

「良くなんかない。そのせいでお前はどんなに食事を摂ってもどんなに眠っても痩せ細っていったんだ……すまない、知らなかったとはいえ、お前の命を奪ったのは他でもない、俺だ」


 騎士団でも他の誰でもなく、アーフェンが真柴の魂を削らせた。

 知らないのは言い訳にならない。あの時騎士団の中で誰よりも真柴の傍にいたのはアーフェンだった。だがローデシアンが気付くほどはっきりと真柴の身体は弱っていたのに、気付かないばかりか酷使させた。人々のためという大義名分を掲げ、騎士団のためだけに使わせた。


「すまない……本当に済まない」

「いいんです、ベルマンさん。誰かの役に立てたなら、良かった。ここに来ても役立たずでベルマンさんに負担を掛けているだけなんじゃないかと不安だったんです」

「お前はいつだって役立たずなんかじゃなかった……でも役立たずだと思っていたなら……そう思わせたのは俺だ。誰よりも俺がお前に酷いことをした……でも……」


 それでも……。


「お前を愛しているんだ……」


 真柴の寿命が延びるまでは決して口にしないと誓ったはずの想いを、アーフェンは堪えきれず言葉に乗せた。今まで自分がしてきたことの許しを得ていないのに、贖罪もなにもしていないのに、気持ちばかりが先走ってしまう。

 二度と会えなくなるかもしれないから。

 びくりと真柴の身体が震えた。

 違うことなき本心だと訴えたくて、彼を抱く腕に力を込めた。


「ベルマンさん……でも俺は男で……」

「男か女かなんて関係ない……ここは、お前の世界とは違うんだ……っ!」


 だから、想いを受け取ってくれ。

 そしてこのまま、この小さな村で、家族になってほしい。

 一生を自分の隣で過ごしてほしい。

 願いばかりが募るアーフェンを真柴も優しく抱き締めてきた。


「嬉しいです……本当に、嬉しい……」


 嘆息とも思える細い息の合間で、何度も何度も「嬉しい」と呟いてはゆっくりとゆっくりと抱き締める腕に力を込め始める。

 茜色に染まった空は次第に色が暗くなり、部屋の中を闇へと誘う。

 蝋燭を付けなければ。

 食べ終わった食器を片付けなければ。


 日常の当たり前のことすら二人の中から零れ落ち、ただ静かに互いの体温を交換していく。

 真柴から感じられる僅かな熱。

 これがなくなってしまうのか。そう思うだけでアーフェンは次から次へと涙が溢れ、彼が身につけている粗末な麻布へと染み込ませていった。


「ベルマンさんに大事にされているのは気付いてました……でも自分と同じ思いだったなんて……」


 じわりとアーフェンの肩もまた濡れていく。


「お前を失いたくないんだ……真柴」


 滅多に口にはしないその名を、この短い時間でどれだけ呼んだだろう。

 そのたびに愛おしさが膨らみ彼を失う未来が怖くなる。

 このまま永遠に時が止まればいいとさえ願う。

 だが太陽の光が淡くなり闇がすべてを覆い尽くすのを止められないように、時もまた確実に進んでいく。だからこそ、二人は強く抱き合った。


「嬉しい……」

「なら死ぬな……死なずにずっと俺の傍にいてくれ」

「それは……できません」

「なぜだ……なぜだめなんだ」


 想いがようやく交わったというのに。どうして自分から死にに行こうとするのだ。なぜこのままずっと傍にいてくれないんだ。

 やるせなさがアーフェンの身体から力を抜き、ずるずると崩れ落ちる。


「どうしてなんだ……」


 このまま沈み込むほど頽れるアーフェンに、真柴は穏やかに話してくれた。


「前の世界で……捨てようと思った命なんです。僕はあっちの世界でもずっと役立たずだって罵られて、心が疲れてしまって……死のうとしました。王宮の塔よりも高いところから飛び降りたんです。でも気がついたらこの世界に召喚されてて……死ぬことができませんでした」


「死ななくて良かったってことじゃないかっ!」

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