02.嵐の襲来2
苛立ちが募りギッとローデシアンを睨めつけたが、こちらをちらりとも見ずじっと真柴に縋り付く勢いで家の中へと押し入ろうとしている。
「話を聞いてほしい、そして聖者の力を貸してほしいのだ」
やはりかと一層憤りは募り、乱暴にその身体を力一杯押した。
「頼む、アーフェン。時間がないんだ」
ジリジリと外に出されるのをローデシアンは懇願しながらその身を押しつけてくる。
力比べの様相となった玄関で、真柴が小さく声を掛けてきた。
「ベルマンさん、入れてあげてください。話を聞くだけになるかも知れませんが……」
「感謝する、聖者・真柴」
「……くそっ!」
苛立ちが言葉に出て、そんな子供っぽい自分にさらに苛立った。真柴を守れる男になりたいのに実態は狭量で口が悪い自分が不甲斐ない。
身体を退ければすぐさまローデシアンが入ってきて、騎士の礼を真柴にする。アーフェンはすぐに扉を閉め、二人のやりとりを隠した。村の誰かが見ていたらこれから真柴がここで緩やかに過ごすことは難しくなるから。
「何をしに来たんだ、カナリオ先生」
「王の第一子であり太子であるシャーリア殿下が、原因不明で伏せっております。どの薬を使っても治らないのです。どうか聖者・真柴の力をお貸し下さい」
「貸してくださいと言われても、僕には何の力もありません。討伐の時ですら皆さんの足手まといでした。それは団長である貴方が一番ご存じじゃないですか?」
それに、と真柴が続けた。
「この世界には病気がないと聞きました。だから、僕が以前いた世界の知識もここでは役に立たないと思います」
「そんなことはない。貴方は討伐の間もずっと我々を守ってくださった、聖者の光で。あの光をもう一度使っていただきたいのです」
「真柴に力はもう使わせないっ! あんただって分かってんだろ、こいつがこれ以上力を使ったらどうなるか……分かってて言ってんのかよ!」
これ以上真柴に力を使わせないと一番初めに口にしたのを忘れたのかと言外に責め立て、片膝を突いているローデシアンの胸ぐらを掴み上げた。
人が死ぬことを騎士団は望んでいないと。人の命を守るために自分たちいるのだと、そう言っていたのは誰だ。
怒りが、憎しみがどこまでもアーフェンを支配する。
もし一度でも力を使ってしまったら、真柴は死んでしまうかもしれない。永遠に目を覚まさなくなるかもしれない。だというのに力を使えだと?
すべてを知っているローデシアンがそれを言っているのが許せなくて、殴りつけようと握った拳を振り上げた。
怒りに満ちたアーフェンと、そんなアーフェンの言葉を聞かず一度として目を向けないローデシアン。
二人を交互に見て真柴はそっとアーフェンの腕を掴み引っ張った。
「落ち着いてください、ベルマンさん……僕は皆さんに何かをしたんですか?」
「あっ……」
ボトッ。胸ぐらを掴んでいた手から急激に力が抜けて、ローデシアンの身体が鈍い音を立てて床に落ちた。恐る恐る真柴を見れば、縋るような眼差しでじっとアーフェンを見つめている。
「僕はお役に立てたんでしょうか」
お前はバカか。どうしてここにきてまでその心配をするんだ。普通なら……アーフェンなら、隠していたことに怒り、相手をどこまでも罵っていただろうに。なぜ自分が役に立てたかどうかを気にするんだ……。
不安に瞳が揺れる。
なにに対しても真摯で健気な真柴だから自分は愛したんだと再認して、胸が苦しくなった。ただ守って貰うだけでは不安なのだと言葉にせず訴えてくるのに、胸が締め付けられる。
真柴はいつだって自分の足で立とうと、立てるようにと頑張っていた。
そんな彼を安全な檻の中に閉じ込めるのは間違っていたんじゃないか。
アーフェンは唇を噛み、けれど口にしたならば自分の命を平気で投げ捨てるのではと怖くなる。
だが彼が知ってしまった今となっても隠すのは、誠実ではない。いや、隠していたこと自体が不誠実だ。
アーフェンは己の感情を抑えつけた。
「黙っていて……すまない。だがっ、お前を傷つけるために黙っていたわけではない。もうこれ以上力を使ったらお前は……死んでしまうんだ」
唇が震える。
絞り出した言葉にいつも穏やかな真柴が驚いた。
「聖者は……お前は騎士団が危なくなったら強い光を放って俺たちを助けてくれた。その力は魔獣の力を無効化して、俺たちの傷を治した。でも代わりに……お前の命を……奪うんだ」
だから教えたくなかった。
知られたくなかった。
自分が彼に強いたことがどれほどひどいことだったのかを、真柴だけには知られたくなかった。
卑怯だと分かっている。過去を変えられないのも。
「……今まで言わなくて……すまない」
「いえ……」
真柴はそれだけ言うと、力が抜けたのかストンと床にしゃがみ込んだ。
「大丈夫か、真柴っ! 立てるか? 椅子に座ろう」
肉付きがようやくこの世界へと来た頃に戻ったが、抱き上げれば女のように軽くその細さにまた不安が募る。
椅子に下ろし真柴の冷たくなった手をさする。土仕事をして少し荒れてしまったが、長く細く、綺麗で、ギュッと握り絞めた。
「それを知っているはずのカナリオ先生がどうして王子のために命を賭せと言うんだ……」
騎士団は王族と関わりは薄い。どれほど魔獣を倒しても、真柴が召喚されてからはめざましい活躍をしても、王族からは言葉一つ掛けられなかった。騎士団の存在をないものとして冷遇してきたのもまた、王族だ。
ローデシアンは床に腰を落としたまま、俯いた。
「殿下は……シャーリア殿下だけはどうしても助けたいのです……私の命を引き換えにできるのならば是非そうしてほしい」
「なんであんたがそこまで太子に肩入れするんだ……もしかして王様からの依頼か? だったらお断りだっ!」
「違う……私個人の願いだ……私は元々メラニア王妃付きの騎士だったんだ……」
ローデシアンはじっとボロボロの床を見つめたまま、話し始めた。
かつて騎士団は今のように魔獣討伐専門の機関ではなかった。討伐も行っていたが、要人の警護も任務の一つだった。
他国より嫁いできた王妃の護衛を担う従騎士就任は、ローデシアンにとって名誉なことだった。若くして王族の従騎士になれるのは、優秀であると認められたと同義だからだ。
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