第七章 招かれざる訪問者
01.嵐の襲来1
ルメシア候はアーフェンのことを覚えてくれていた。大事な人が病にかかったので薬を分けてほしいと願い出たら、あっさりと安価で譲ってくれた。
「君達にはとても助けて貰ったから、特別だ。君の大切な人が良くなることを願っているよ」
ルメシア候は優しく微笑し、肩を叩いてくれた。
けれど手に入れてもアーフェンはそれを使うことができずにいた。
もし何かあったらと考えると怖いのだ。
季節は秋になり真柴が作った野菜が実り収穫の時期である。起きれば嬉しそうに畑に向かい根菜をどんどんと掘り起こしている。顔を土で汚して帰ってきて一つ一つ丁寧に洗う姿は生き生きと輝いていた。
「今日は随分と穫ったんだな」
「はい……昨日見たときよりもずっと大きくなってビックリしました。もっと早く抜けば良かったんですけど」
大きくなりすぎた芋を掲げてしょんぼりする顔すらも可愛いと言ったら、真柴はどう思うだろう。だが年上とは思えない幼げな笑顔は可愛くて、抱き締めたくなる。
「芋は大きいに越したことはない。これなら食べ応えはあるな。今日にでも食べるか、久しぶりに俺が作るぞ」
「ベルマンさんがですか? 楽しみです、野営の時のご飯が凄く美味しかったので」
だーかーらっ、どうしてそんな可愛い顔をするんだよ。相手が年上の男だと分かっていても胸が高鳴ってしまう。自然と頬は熱くなり、俄然とやる気が漲ってくる。
「そ……そうか。そんなに気に入ったんだったら時々は作ってやるぞ」
本当は真柴が作ってくれたこの世界ではあまり馴染みのない料理の方が好きで毎日でも食べたいが、喜んでくれる顔を目にすることができるならいくらだって作ってやる。
「どれが美味かったんだ?」
「あの、お芋に魚のような肉を包んで焼いたものが。野営地なのにあんなにも手の込んだ料理が食べれるなんて思ってもいませんでした。あと、あのスープも!」
真柴が口にするのはどれも難しそうで実はとても簡単なものばかりで助かった。料理上手の団員が皆に作り方を教えてくれたし、今ある材料ならば簡単にできる。
「分かった。今晩にでも作ってやる」
「本当ですか、ありがとうございます! 穫れた半分は貯蔵庫に入れて冬の間に食べましょう。この間のイノシシで作った干し肉もたっぷりありますからね……ここは野菜も野獣も豊富で助かりますね……熊氷の肉が食べられなくなったのは少し寂しいですけど」
王都よりも南にあるこの地では熊氷の燻製を手に入れるのが難しい。なんせ生息地が北にあり、王都でほとんどが買い取られてしまう。
「あれが気に入ったんだったら、なにかの機会で王都に行ったときにでも買おうか」
「はい! 冬になったら行きましょう」
「ああ……」
それまでお前は生きてくれ。
アーフェンは願う、彼がこれからもずっと自分の隣に居ることを。
しかし神はアーフェンには優しくなかった。
真柴が求めていた料理を一緒に食べ、彼が美味しそうに食べ物で頬を膨らませるのを見てはリスみたいだと和んでいると、この家に越してから初めて扉が叩かれた。
「隣の畑のおじいちゃんですかね……冬の作物の苗をくれるって言っていたので」
「なんだ、そんな話をしていたのか。出てくるからお前はそこで待っていろ」
畑で随分と老人と話し込んでいたと思ったらそんなやりとりをしていたのかと呆れ、だが念を入れて真柴は家の奥に置いたまま扉を開けた。
もし神殿の人間だったらすぐにでも対応にできるようにするためだ。
けれど想像していたのとは全く違う人物がそこに立っていた。
すぐにアーフェンも声を出すことができず、夕方の茜色に染まったその人は、長くなった髪を掻き上げ、じっとアーフェンを見つめた。
かつての面影をそこから探すのが難しいほどに変わってしまったその顔を、アーフェンもまた驚きと共に見つめた。
開いた口が動かないまま、扉をそれ以上開けることもできずにただ立ち竦んだ。
「久しいな、アーフェン」
――団長。
そう言おうとして、もう彼も自分も騎士団に所属していないことを思い出す。
詰まった息を吐き出して掠れた音で昔のようにその名を唇に乗せた。
「カナリオ先生……」
ローデシアンも苦笑して「随分と懐かしい呼び名だ」と呟いた。騎士団に入る前の研修生時代に何度もそう呼んだのに、口にしても別の人を呼んでいるようだ。
この家のことを知っているのはアーフェンと、ローデシアンだけ。
なぜなら真柴が静養できる家を買いたいと相談したとき、この村のことを教えてくれたのは彼だったから。
けれど、ここに来る理由が分からない。
「中に入ってもいいか」
「だめだっ……絶対にだめだ!」
嫌な予感がする。本能が真柴に会わせてはいけないとうるさいくらいに警鐘を鳴らし続けた。
「カナリオ先生、あんたには世話になった。俺をここまで育ててくれた恩もある。でも……だめなんだ」
「相変わらず勘が良いな。だが私の方も分かったと帰れないんだ」
無理矢理押し入ろうとするローデシアンを身体で押し戻す。
扉を閉めようとするよりも先に背中に真柴の声が届いた。
「どうしたんですか? 隣のおじいちゃんじゃなかったんですか、ベルマンさん?」
振り向けば真柴が不安そうにしてアーフェンの服を握っていた。この家に訪ねてくる人間など今までない上に、アーフェンの態度からどうしていいのか分からなくなったのだろう。
「お前は奥にいっていろ」
「聖者・真柴! 私の話を聞いてほしいっ!」
「やめてくれ、カナリオ先生!!」
「えっと……貴方はローデシアンさん……ですか?」
真柴がじっとローデシアンを見つめ、不思議そうに訊ねた。覚えてくれていたことにローデシアンはホッとし、小さく頷くが、アーフェンは一刻でも早くこの扉を閉めたかった。片腕を失っても、ローデシアンの身体はかつてのように逞しく、押しだそうとしてもビクリともしない。
「僕に何かご用でしょうか」
「ここでは言えないのです、中に入れてくれませんか?」
「やめてくれっ! これ以上真柴になにも言わないでくれっ!」
恐怖に叫べば、背後で真柴が驚き僅かに下がったのが分かる。怯えさせないように退団以来大声を出さないようにしていたのに。
(くそっ、これでは真柴を怖がらせないようにしてきたのが水の泡だ)
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