03.副団長の朝3
「……どうしてそこで無理矢理笑うんだ。困ってるなら困ってるでいいじゃないか。無理に笑うことはない」
「え……?」
言われて、真柴は慌てて自分の口元を抑えた。
「……笑って、ましたか?」
怯えるような仕草で上目に見つめてくる。
「ああ、凄く無理をしている顔だ。そんなことをしなくても、思ったことを言えばいい。誰も咎めやしない」
「そう……ですね……」
まただ。思ったままの表情を浮かべればいいというのに、真柴は決まって負の感情が浮かぶときは口の端を上げる。それも無理矢理に。
「そんな顔をされたら、お前がなにを考えているのか分からなくなる。理解してほしいのなら、素直に感情を出せ」
「そうですね。ベルマンさんの言うとおりですね……」
歯切れがとても悪い。ただ思ったことを面に出すのに、なぜ困ってしまうのだ。アーフェンには理解できなかった。怒りも自分の一部だ。取り繕うことなどないのに、真柴は必死で今、取り繕おうとして失敗している。それ故に顔は歪み、相手を不快にさせている。
「そんな無理しないといけないことか? 俺には分からん」
「悪い癖だって分かっているんです。でも……こうしないと生きていけなかったというか……自分が乗り越えられなかったというか……」
なんだ、それは。
かつての苛立ちを思い出したアーフェンは、乱暴に席を立った。
ビクリと真柴の肩が震える。
「もう時間だ、行ってくる」
「あっ……そうですね。気をつけて行ってらっしゃい」
「お前はちゃんと食え。いいな、欠片も残すな。そして食べ終わったら洗い物なんか気にしないで寝ろ。とにかく寝ろ」
「分かってます、ありがとうございます」
なぜ礼を言うのにそれほど寂しそうな顔をするのだ。
アーフェンは、怒りをそのまま顔に乗せ、扉を乱暴に閉めた。着替えて騎士団の建物に行き、ローデシアンの代わりに書類に目を通してサインをした後、残った若手の指導をする。今日も多忙だというのに、苛立ちを孕んだまま、薙ぎ払うことができない。
――またあの顔をし始めた。
アーフェンが真柴のことをあまり聞かなかったのは、それもある。
困った顔をして、無理矢理笑顔を作られては、その言葉が彼の本心かどうか分からなくなる。自分がどうにも貴族の対応が苦手なのは、彼らの言葉に真意がないと思ってしまうからだ。
笑顔の下に感情を隠しているようで、本音を掴むことができない。
真意に気付くことを強要されるのすら不快だ。
言いたいことがあるなら言えばいい。伝えたいことがあるなら口にすればいい。
それを笑顔の下に押し込めて、気付かない方が悪いと嘲笑うのだ。それがどうしても性に合わない。
だから真柴に聞いてしまったのだ、貴族なのかと。
真柴は違うと言う。ならばなぜあのような表情をするのだろう。
分からない。
(やっぱり掴めねー、あいつのこと)
もっとわかりやすかったら可愛いのに……。
「……可愛いってなんだよ。あいつは俺よりも十も上だぞっ!」
思わず怒声を出したアーフェンを、周囲を行き来していた人々が胡乱げに見つめてきた。慌てて取り繕うが、それでも信じられないのだ。あんなにホワホワしている人間がどうやって三十年以上も生きていられるのだろうか。あれならまだドゴの方がしっかりしているだろう。
一体どんな世界に住んでいたら、あんなにもアンバランスな人間ができあがるのだどう。
異様に気になってきた。
イライラし靴音を荒げたまま、騎士団の建物へと入っていく。苛立っているのだと主張することで、応接室に詰めかけている貴族たちから声をかけられることなく団長室へと入った。
今日も陳述書が山のように積み上がっていて、どれから手を付けていいか分からない。
「くっそーーっ、朝からイライラさせやがって!」
バンッと机を叩いた後に、一番上からどんどんと積み上がった紙を捲っていく。どれもこれも騎士団の派遣要請で、どれ一つとして重要度が高いように思えない。
どうせ騎士団が狩った獲物の半分取りを狙っているのは見え見えだ。己の領地を豊かにするための努力をなにもせずに、騎士団が行けば繁栄すると勘違いしているのではないか。
この一年で余計に勘違いしている貴族が増えてしまった。
ルメシア候の成功に続こうとしているだろうが、彼はまず自領の発展を常に念頭に置いているからこそ、何が欲しいのか明確していただけにこちらも楽だったが、他の貴族たちにはそれがない。
魔獣を得られたらそれで領が豊かになると勘違いしている。
なによりも、領民が苦しんでいることを理解していない。
彼らのために何かをしようという気持ちが書面からはちっとも伝わってこないのだ。ただ私腹を肥やしたいのがよく分かる。
緊急性の高いものを選んで仕分けをしてから、一つ一つを吟味していく。
「……次は、テュレアール領かな。岩獅子が街道に出没か……あいつら面倒なんだよな……」
だが、主要街道に出てしまうのであれば討伐の対象だ。
流通だけでなく、周囲の村や町にまで被害が広がり、国全体に被害が広がってしまうだろう。
「次の討伐は、騎士団全員で参加しないと難しいな」
規模が大きければ、全員で向かうしかない。
「こればかりはしょうがない、あいつをどうするか……だな」
神官たちに見つかってしまっては困ると家に閉じ込めているが、アーフェンが征伐に出るとなったらそうはいかない。
全力戦になると分かっていて一人、王都に留まることもできない。
「困ったな……どれくらいかかるかこればかりは分からない」
真柴が随行していたときは、あっという間に魔獣が倒れてくれたから予定通りの工程だったが、今は予定の倍かかることもある。どれほどの魔獣がそこに生息しているかが読めない。
なによりも領主がそれを把握していないことが腹立たしい。
「一角水獣の剣があるだけ、今は楽かもしれないが……」
頑丈な角から作った剣は刃こぼれも少なく、今の騎士団を支えてくれている。それも真柴のおかげだと今は思えるが、あの頃はそれが当たり前だと思ってしまっていた自分が恥ずかしくてならない。
恩を返そうと今必死になっているのに……今朝は随分とひどいことを言ってしまった。
「あれはヤバかったな……帰ったら謝ろう」
きっと真柴のことだ、何事もなかったように許してくれるだろう。その懐の深さが有り難くもあった。そういう所が年相応だというのに、仕草が幼すぎる。
そういう所が真柴の魅力なのかもしれないが、不安要素でもある。
「……あいつを一人にするんだったらドゴに面倒を頼んでみるか……いや、あいつは神殿の人間だからそこから漏れたら大変だな……近所のおっかさんたちに頼んだ方がいいかもしれないが、根掘り葉掘りされたら……あいつ嘘を吐けないだろうな」
あれこれ考え始めれば悶々としてしまう。
「あーーっ! 止めだ止めだ、身体を動かすぞ!」
アーフェンは団長室に入って一時しか経っていないのに、苛立ちを誤魔化すために木刀を手に持って新人たちが訓練している広場へと向かった。
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