04.岩獅子討伐1
討伐から戻ってきたローデシアンと協議した結果、やはり騎士団全員でテュレアール領に全員で向かうこととなった。
真柴のことをどうすべきか随分と悩んだが、本人に尋ねてみれば笑顔でこう返してきたのだ。
「僕のことは気にしないでください。自分のことくらい自分でどうにかできますから」
「だが食料はどうするつもりなんだ」
「ああ……そういう問題がありますね……。でも買い物もできますし、見つかるのが駄目ならフードを目深に被れば大丈夫ですよ」
本当に大丈夫かと気を揉んだが、真柴を信じて置いていくしかなかった。
随行させては絶対に力を使ってしまう。
今、来たときと同じくらいの肉付きまで戻ってきていても、命の灯火がいかほどかは分からない。一度でも使ってしまったら、死んでしまうかもしれない。
後ろ髪を引かれる思いで出立したアーフェンは、いつものように落ち着いて周囲を見ることができなかった。
「しっかりしろ、アーフェン。お前が落ち着かないからローシェンが浮き足だっているぞ」
久しぶりの討伐に出たローシェンは確かにいつものような落ち着きがない。
「すみません……」
「あれのことを心配しているのは分かるが、今は集中しろ。まだ討伐に出たばかりでこれでは怪我をするぞ」
あの日のように、とは付け加えないのがローデシアンの優しさだろう。
しっかりと前を向いて後続の馬たちを率いているローシェンもどこか落ち着かない様子だ。
アーフェンも分かってはいるが、どうしても落ち着かないのだ。
あんなにも頼りない真柴が本当に一人でどうにかできるのか、確証がないからだ。近所のおっかさんたちに食料を三日に一度玄関の前に置いてくれと頼んで金を渡したが、果たしてそれが行われるかどうかも怪しい。
なにせ貧民街だ。纏まった金を手にしたら役目を果たさずにどこかへ逃げていくことも考えられる。けれど、真柴を家から出すよりはとつい過保護なことを考えてしまうのだった。
「なんですか、副団長。恋人が浮気するんじゃないかって気にしてるんですか?」
「……そんな色っぽい話じゃないっ!」
「ここのところ討伐に参加しなかったのは結婚間近じゃないかと噂になってますよ」
結婚なんて考えたこともない。
なにせ騎士だ、いつ魔獣と戦って死ぬか分からない。
そう……いつ死ぬかなど……。
(そうか、俺がここで死んだら誰があいつの面倒を見るんだ?)
ハッとした。
そんなアーフェンの顔を見て周囲はニヤニヤとする。
「もしかして副団長、プロポーズもまだしてないんですか? 駄目じゃないですか、しっかりと繋ぎ止めないとあっという間に他の男に掻っ攫われますって」
昨年、度重なる討伐でようやく戻ってきたら恋人が他の男と結婚してしまった団員が悲しそうな声音で肩を叩いてくる。
「だから、そう言う話じゃない!」
「副団長がムキになってる」
なにが面白いのか、一斉に笑い出した。
「だからそう言うんじゃないって……」
「アーフェン。お前がムキになればなるほど真実味が出てしまうぞ。こいつらの馬鹿話を気にするな」
「あっ、団長ひどいですよ、その言葉。俺たちは団長と副団長が未だに身を固めないから心配してるんですよ」
どこがだ。
吐き捨てればまた笑われた。
だが、事情を知らない団員たちには誤解させた方がいいのかもしれない。
この一年、討伐に出なかった言い訳を考えなくて済む。
「あー、もう。そのうちだ、結婚は」
「そのうちっていつですか?」
「……騎士団をやめたときにでも考える」
適当に返事をして、自分の頬を強く叩いた。こんなに気持ちが揺らぐのでは、いざ戦うときになって支障を来してしまう。しっかりしなければ。
心なしかローシェンもこちらを気にしているようだ。
「大丈夫だ、お前も気にするな」
綺麗にブラッシングがかかった被毛を撫でれば僅かに鼻が上がった。
気合いを入れ直し、まずはテュレアールの領城へと向かって進んだ。雨期の後ではよく崖崩れを起こす山道を通り、ようやく領城に着いたのは王都を出てから五日後だった。
テュレアール領主は細い男だった。あまり領地が豊かではないのをその身体が物語っている。
「岩獅子が暴れ回って……荷物を届けることもできなければ届くこともないために、今領民が瀕しているのです」
領主ですらこんなに貧相ならば、領民はもっと喘いでいることだろう。
「ご安心ください、我々が必ず岩獅子をどうにかしますので」
心労で今にも倒れそうな領主を安心させるように心強い言葉をローデシアンは口にするが、岩獅子は倒すのが困難な魔獣だ。彼らは弱点が少なすぎてどうしたら良いのかまだ見つけ切れていない。
獅子と同じ見た目だがその目はおどろおどろしい紫がかった深紅、それに岩のように硬い皮膚を持っている。鋭い爪に尖った牙は岩をも砕くと言われている。
そのような怖ろしい魔獣だが、以前はあまり人里に降りてくることはなかったのに、何が原因か、街道に出没しては人間を喰らい荷馬車の馬も荷物も食い荒らしている。しかも昨年の初め頃から。
なぜもっと早くに陳情書を出さなかったんだとアーフェンは叫びたかった。
もっと早かったら真柴の力を頼ることができたのに……と一瞬湧きあがった気持ちに慌てて蓋をする。
(だめだ、またあいつに頼ろうとしている)
自分はなんて弱いんだ。人間は一度知ってしまった堕落を手放せないのだと痛感する。一度でも安易な方法を見つけたら今まで通りのやり方に戻そうと必死になっても、気が緩むとそれを夢想してしまう。
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