05.副団長は現実を知る3
誰かを傷つけたかったわけじゃない、誰かを死なせたかったわけじゃない。
ただ、守りたかったのだ、騎士団を。
いつも王族や貴族から冷遇される、自分の家とも言えるこの
人々のために命をかけて戦っているんだと、知ってほしかった、それだけだったのに……どこで間違ってしまったのだろう。
(考えなくても分かる、あの時だ)
軽装備で出かけ一角水獣に遭遇したあの瞬間。
自分がどれほど無力でちっぽけな存在でしかないかを嫌と言うほど突きつけられ、逃げるように撤退したその事実を直視したくなくて、すべてを真柴に無理矢理背負わせた。理由も言わずに。
聖者のくせになぜ悠々と寝ているんだと、なぜ大切な場面で自分たちを助けなかったのかと、逆恨みした。
そうだ、逆恨みだ。
自分の力を見極めずに気が大きくなったのだ。
今まで手こずっていた強敵を悠々と倒しそれを皆に見せつけたことで勘違いをした。
騎士団が倒したのだと。
自分たちがやったのだと。
けれど、聖者である真柴がいなければなにもできない無能ものと、頭を押さえつけられ汚れた地面に押しつけられたような気になったのだ、あの時。
自分の存在そのものが否定されたように感じられて、悔しさを、苛立ちを、憎しみを、すべて真柴に向けてしまった。その陰で彼がどれだけ苦しんでいるかも知らずに。
細い腕と指、死んでしまうんじゃないかと言うほどこけた頬。パサついた髪に弱々しい表情。思い出しただけでも、今にも毀れてしまうんじゃないかとぞっとする様に加え、絞り出したかのような声は弱々しく、儚かった。
だというのに、無理矢理笑おうとする彼が、今は健気に思える。
心配させない為に笑い続けようとしている。
本当は辛くて眠りたいだろうに。
また、ギシッと奥歯を噛み締めた。
建物を出て団員が集まっている演習場に到着すると、心はもっと重くなった。
怖れるものはないと剣を振る様は、無謀でどこまでも無様に映る。
大きく振り上げた腕を勢いに任せて振り下ろそうとしている間に、敵が攻撃してきたらどうするんだ。ガラガラに空いた脇に爪が振り下ろされたらどうするんだ。一歩も動かすことのないその足下から魔獣が出てきたらひとたまりもないぞ。
以前の自分だったらそう怒鳴っていたはずだ。
僅かな隙はいつだって致命傷を受けるきっかけになるのだ。
あの時、功を急いだ自分のように。
(団長はこれを見て、俺たちを……いや、俺を見放したんだ)
ローデシアンの気持ちがやっと理解できた。
聖者という最強の盾を手に入れたことで、堕落してしまったのだ、自分を含めた騎士団は。
その原因だって、アーフェンだ。彼らをそのように煽ったのは他ならぬ自分で、どんな戦い方でも勝てるとなったら型などぞんざいになってしまっても当然だ。
自分はなんと罪深いことをしてしまったんだ。
団員の演習を見つめて泣きたくなった。どれもこれも、自分が招いた結果に心が押しつぶされそうになる。そして今までにないほど高まっている士気を落としてしまうのも、自分のせいだ。
アーフェンは覚悟して、皆を集めた。
「次の討伐先が決まったんですか?」
元気に訊ねられ、頷いた。南のクーバース領だと聞くと一気に場は湧き、興奮を露わにした。今まで一度として倒すことができなかった炎竜と呼ばれるトカゲに似た魔獣がいるからだ。鱗の硬さと口から吐き出される高温の炎が人々に恐怖を与え続け、襲撃に遭った村も町もすべて焼かれて食い尽くされるのだ。だが、硬い鱗は防具として高値で取引されてもいた。
次はその鱗を手に入れることができると誰も思い浮かべているだろう。
「聖者は連れて行くが……力を使うことはない」
その一言でざわめきは一気に引き、皆が信じられない目でアーフェンを見た。
「なにを言ってるんですか、副団長。聖者がいなかったらどうやって炎竜を倒すって言うんですか。あの鱗に剣は通りませんよ」
冗談はほどほどにしてくれと呆れたような笑い声が上がった。
「そうですよ。炎竜を倒したとなったら騎士団の名声はもっと高まりますよ、この機会を逃すなんて……」
「力は使わせない。今まで通りの戦い方では、駄目だ。今のお前たちの剣の振り方じゃあ、全滅だ」
「だったらさ、今回だけ使って貰って、装備が充実したら随行だけってのはどうですか?」
若手から冗談交じりの声が上がり、それは良いなと相づちが打たれる。
だがアーフェンは首を振った。
枯れ枝のように痩せ細った真柴の姿を思い出せば、例え一度だって使わせられない。
その先にあるのは……彼の死だ。
これ程までに人々に尽くして真柴が得られるのは、苦しみと死だけなんて、どれほどむごいことを強いているか分かっているのかと怒鳴りそうになって、グッと言葉を飲み込んだ。
彼らは知らない。だからこそ、簡単に言えるのだ。ついさっきまでの自分と同じように残酷な選択ができる。
「……俺が悪かった」
「ふく……だんちょう?」
「俺の指示が間違っていたんだ。お前たちが死ぬのを……俺は見たくない」
「な……なにを言い出すんですか。俺たちが死ぬなんて……」
今のままでは間違いなく、死ぬ。しかも炎竜が相手ならばなおのこと、無事に帰ってくるのは難しい。
いつも自分たちを守ってくれた光がない事実、傷ついた場所は自力で治すしかない現実、それらを思い出したのだろう、笑顔を浮かべていた彼らからそれが消えていく。
「俺がいけなかったんだ。お前たちを駄目にした……神の加護なんて体の良い言葉を使って、まともな戦い方を忘れさせた。聖者なんて、今だけの奇跡で、永遠にいるわけじゃない。けれど、俺たちはこれからもずっと魔獣と戦い続けなきゃいけないんだ……一時の楽を覚えて堕落しちゃ駄目だったんだ……」
悔やんでも悔やみきれない。彼らを駄目にした自分が、情けない。
炎竜は倒せないだろう。炎属性の魔獣はたちが悪い。僅かでも近づけば火傷してしまうからだ。しかも周囲など気にせず吐き出しては被害を拡大させる。二人がかりでも倒すこともできず、大群で押し寄せられたら、全滅だ。
その恐怖を思い出したのだろう、熟練の団員は青褪めた。
「でも……聖者は同行するんですよね」
「そうだ。でも同行だけだ、これ以上は力が使えないだろう」
「……なんでだよ……なんでだよっ!」
苛立ちが爆発していく。アーフェンは頭を下げ、受け止めるしかなかった。様々な提案が出された。文句も今まで以上に出た。けれど、力を使うことだけは、是とは決して口にしなかった。
自分の決定で真柴の命が潰えるのだ。
何で忘れてしまったんだろう。傷はいつだって勲章だった。倒した魔獣の状態よりも、これで近くの被害が収まったことの方を重視していた。何よりも、自分たちは命をかけて人々を守るのを志してここへやってきたのだ。
だというのに、命を落とすことを恐れ始めた。
脆弱になってしまったのだ、恐怖に対して。強敵に対して。
アーフェンはひたすら頭を下げ続けた。
次の討伐で何をすべきかを仲間に訴えながら。
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