04.副団長は現実を知る2
瘴気ではないと言った、ならばなにか我々が知らないなにか、なのか。
けど……。
聖者なら自分の力で回復できるだろう。抉れた肉も潰れた足も治したその力があってなぜあのような状況のまま、己の身体を放置するのか分からなかった。
「……なんなんだ、あいつは……」
足を止め振り返り、真柴の部屋がある方を見つめた。
静寂な神殿の中、素っ気ない部屋の中で横たわる姿をもう一度思い浮かべる。
起き上がるのすらやっとだった身体、青白い頬。薄い唇は紫色に近く、特定の魔獣が放つ瘴気に冒されたもののそれに似て、アーフェンの胸がギュッと傷んだ。
(なんだ、この気持ちは……罪悪感か?)
そんな殊勝な感情は自分と無縁だと思っていたがどこかで申し訳なく思っていたのか、今までの扱いを。
(いや、俺はなにも間違っていない……あいつは聖者だ、俺たちの役に立つために存在しているんだ……なにも、間違ってない)
振り切ろうと思っても不確かな感情が纏わり付く。
踏み出そうとした足を引っ込め、後ろ髪が引かれ想いで振り向いた。
「見たか、聖者の顔」
「死相がでていたな。あれはもうだめなんじゃないか?」
「文献からすると、今回の聖者は持ったほうか。一度力を使っただけで死んだ例もあるから……それに比べれば随分と頑張っていると言える」
柔らかい布の靴で足音をさせずに少し離れた場所を二人連れの神官が通り過ぎていく。穏やかな口調で、あまり感情がこもらない声音で発する言葉が、アーフェンに突き刺さった。
「それにしても、騎士団は怖ろしいところだ。聖者の力は命と引き換えだというのに、あんなにも討伐に引きずり回して自分たちが武勲を上げたと見せるんだからな」
「聖者の命より自分たちの活躍が大事なんだろう。まあ、聖者も使い捨てではあるが、な。そうやって考えると我々は随分と罪深いことをした」
「でも聖者がいなければ魔獣を容易に倒すことができないのも真実だ。せいぜい弔いくらいは丁重にしてやろう」
命と、引き換え?
遠のく神官の背中を見つめ、アーフェンは動けなくなった。
力を使えば使うほど、あいつの命がなくなるのか。
「うそ……だろ……」
今までどれほどの力を使わせてきた?
ゾクリと背中を不快な痺れが駆け上がった。
一度の征伐に三~四度は使っていたのを思い出す。
そのたびに真柴は倒れ、眠りに入っていた。それと、人間とは思えないほど大量に食べていた。あれはすべて命を繋ぐためだったのか……。
後ろから鈍器で殴られたような気がした。
今まで騎士団の活躍のために使わせた力はどれほどだっただろう。
自分の足を見た。熊氷によって抉られた傷は跡形もなく元通りになっている。鋭い爪が肉に食い込んできた時の感覚も残っているのに、何事もなかったかのように動く足。団員たちの怪我もそうだ。どれ一つとっても、怪我をしたことすら忘れるほど綺麗に治っている。
その裏で、真柴の命が削られ、その身体は起き上がることもできない程に窶れている。
「なんだよ、それは……」
そんなの……知りたくはなかった。
聖者の力は神から与えられた万能のものじゃなかったのか。
使うことへの代償があるなんて――知らなかった。
奥歯を噛み締めた。
誰も教えてはくれなかったじゃないか、助ければそれだけ真柴の命が削られるなんて……。
「もしかして……っ!」
アーフェンは駆けだした。
人々の合間を縫って急いで騎士団の建物へと戻る。体力はある方だと自負していても、全力で王都の中央から端まで走れば当然息切れし、団長室の扉を開ける頃には汗だくで早い息づかいになっていた。
「……もう帰ってきたのか」
ちらりとアーフェンを見たローデシアンは興味を失いすぐに手元の書類に目を戻した。
「団長は……知っていたんですか?」
荒い息の合間から問いかけた。
「なにをだ?」
「あいつが……聖者が、命を削って力を使ってたことを、ですよっ!」
「……そうなのか。それは知らなかった。だが見れば分かる、長くは持たないだろう」
「え……?」
見てたら分かる? なにを、どこを見れば、そう確信できるのだ。
愕然とするアーフェンにローデシアンは嘆息した。
「お前は一番傍にいて分からなかったのか? 討伐の度に痩せ細っていっただろう。食べて寝ているにも拘わらず、段々と生気を失っていくようだった」
淡々と告げられた言葉は、ずっとアーフェンが目を背けてきた部分だ。
聖者だから。
聖者なんだから。
聖者なら。
そう真柴に怒鳴りつけて、押しつけて、肝心なところで目を背けたお前はなにをやっているんだと、横っ面を叩かれたような錯覚に陥る。
「ならっ! 気付いていたならなぜ止めなかったんですか!」
「『俺たちには聖者が付いている、臆することなくかかれ』そう怒号を飛ばしているお前を隣で殴って止めろというのか? しかも戦いの最中に」
「ぐっ……それは……」
そんなことをしたら、団の秩序が乱れる。命じたそれが真偽かなど戦いの最中で判断できない。ただ味方と上官を信頼して、飛んできた命令に従うように叩き込んだのは、他でもないアーフェンだ。
一度でも崩れたら、もう統率の取れた動きなどできない。
そして、ローデシアンが命じるよりも先に突っ走ったのは、アーフェンだ。
ひたすら真柴に憎しみを向け、彼を使い続けた。
ギッと奥歯を噛み締めた。
「聖者を我々と同じただの人間だと見ていなかっただろう、お前も、他の団員も」
アーフェンは泣きそうな子供のように顔を歪めた。
そうだ、その通りだ。だからこそ、今怯えているのだ。
自分が人殺しに加担していることに。
人の命を救うために騎士になったはずなのに、同じ人間を殺めようとしている自分が怖い。
「だが、聖者の随行はもう覆らない。分かっているな」
分かっている、嫌と言うほど。そしてそう仕向けたのもまた、アーフェンだ。
「聖者は随行する。だが、力は使わせない。それを団員によく言って聞かせろ」
アーフェンは頭を一度下げて扉を閉めた。
いつもよりも外に続く廊下が長く感じられる。
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