第5話

 七階はもちろん、全部屋にインターフォンを押して確認したがすべて空振りだった。マンションのエントランスで二名の警察官に呼び止められ、竹岡の隣に住む者で息子さんを探している最中だと伝えた。警察は神崎の行動について質問を二三重ねてきた。どうやらアリバイを聞かれているようで神崎は気分を害した。その様子に気づかない様子の警察はまた質問を重ねてきた。

「ここ最近で、妙なこととか変わったことはありませんでしたか? どんなに小さなことでもかまいません。『これは言った方がいいかな』『関係ないヤツかな』と迷われたのならその時点で教えていただきたいのですがいかがでしょうか」

「変わったこと……」

 神崎の中に明らかに関係のないことだけが浮かび上がったが、竹岡の息子の行方不明と関係なさそうだった。しかし、警察の言ったセリフを想起した。迷う時点で、ということなら言っておこう。それに、何か言わないと解放してくれないような気がした。

「最近、左隣に家族が引っ越してきたことくらいですかね。」

「その、引っ越してきた人の名前はわかりますか?」

「筒本さんです」

「筒本さん……。何人家族かはわかりますか?」

「ええ……」神崎はエントランスを見渡した。警察だとしても筒本のことをペラペラと話しても良いものだろうか。しかし警察は鋭い眼光を向けており、半ば無理やり白状させられているような心地だった。

「旦那さん、奥さん、娘さん、息子さんの四人です」

「いつ頃引っ越されてきましたか?」

「一週間前くらいかなあ……」

「その筒本さんで何か変わったことはかんじませんでしたか?」

「ええ?」

「すみませんね」警察は形式的な謝罪を口にした。「どうかご協力を」

 神崎は筒本と会ったときや喋ったときの記憶を一つ一つ目を通すように確認した。

「娘さんが僕に全然懐かないことぐらいしか……」

「懐かない? というと?」

「何度か娘さんにも会って声をかけるんですが、ずっと睨まれっぱなしで……。まあ僕が愛想の悪いおっさんだからかもしれませんが……」

 半ば軽口で言ったつもりだが、刑事はメモを取るのに夢中で、軽口は聞き流されているようだった。

 二人の刑事は目を合わせたあと「ありがとうございました」と言い、駆け足でエレベーターまで行った。

 神崎は竹岡に住民全員に聞き込みを済ませたので手伝うと連絡を入れ、小雨がぱらつく外に出た。


 竹岡は公園の端に植わっている木をかき分けながら息子の名前を必死に叫んでいた。筒本も同じように声を張り上げて文人の名前を呼んでみる。自分の息子が行方不明になったらと考えると竹岡のことを放ってはおけなかった。

 雨の中、異様にアップテンポな機械音が響いていた。

「竹岡さん、電話来てませんか?」

 公園の端にいる竹岡に向かって声を張り上げたが、竹岡は左右を見渡しており、神崎に気づいている気配はない。水浸しになった土を走り抜けて竹岡に向かっていった。

 神崎が指摘してやっと自分のスマートフォンが着信していることに気づいた竹岡は濡れた手で操作した。

「えっ」

 竹岡は突如涙ぐみ、その場で何度もお辞儀をしていた。電話を切ったあと、神崎はおそるおそる訊いた。

「見つかったそうです。無事に」

 神崎は体内の空気がすべて抜けるのではないかというほど口から息が漏れていった。本当は竹岡がその場で力尽きるほど安心したいはずだ。

 神崎と竹岡はマンションまで走って戻ると、警察官に抱っこされた文人の姿がいた。神崎は文人の服の色を見て心臓が縮みあがった。筒本の家で見た、フウトの服の色とデザインが全く同じだった。

 赤いサイレンの色がちらつくパトカーの中には筒本が警察に囲まれてはいっていた。

「竹岡さん、詳しい話をこれからしますのでお疲れのところ申し訳ございませんがよろしいでしょうか」

「はい……」

 警察は神崎と目を合わせた。どうやら自分は席を外した方が良いと悟った神崎は竹岡を励まし、エレベーターで自分の部屋に戻っていった。


 後日、竹岡が感謝を述べに神崎家を訪れた。

「筒本の息子は数年前に山で迷子になり、遺体で見つかったそうです。筒本はそれを受け入れられずに気がくるって、引っ越し先で私の息子を見つけ、自分の子だと思い込んだそうです。私が目を離したすきに息子をさらって家に置いていたようですが、正気も残っていたので人前に見せるのを頑なに拒んでいたそうです」

 だから息子は姿を見せなかったのか、と神崎は合点した。と同時に、引っ越しの挨拶の時に神崎の息子に異様な目つきで見ていたのは、最初は息子が標的にされていたのではないか、と思うと鼓動が荒れた。

「長女の娘さんは大丈夫なのかな?」

 神崎が独り言をこぼすと竹岡は言葉を続けた。

「息子さんを亡くしたあと、両親は異常なまでに娘さんを監禁したそうです。一緒に家を出る時も両手を強く繋いで離れることを許さなかったとか。助けてほしかったと思いますよ」

 あの女の子が自分を睨みつけていたのは、敵対心ではなく、助けを求めていたのか。そう気づいたとき、神崎は自分の鈍感さに胸が痛んだ。

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隣の家族 佐々井 サイジ @sasaisaiji

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