第4話

 その日の夜、突然ドアが激しくドンドンドンと叩かれた。せっかく寝始めた息子が起きてしまい、イライラしながらドアモニターを覗くと、竹岡の妻、絵里の姿があった。いつものにこやかな表情がなく、視線が定まらず眉間には深いしわが寄っている。神崎の苛立った感情はすぐに止まった。

 ドアを開けて声をかけようとすると竹岡絵里が玄関に入ってきた。

「文人知りませんか?」

「文人くん?」

「その、保育園から帰ってきて、ずっと家にいたはずなのにいないんです。ドアのかぎが開けっ放しで、私、確かにカギ閉めたのに……。だいたい、文人が一人で鍵を開けられるわけないんです」

 絵里は荒い呼吸の中でひと息にまくしたてた。確かに一歳の文人が一人でドアを開けてどこかに行くとは考えにくい。

「奥さん、落ち着いてください。とりあえず、警察に電話しましょう。その後、一緒に探しましょう」

「わ、わわ、わかりました。そそそうですね」

 絵里はスマートフォンを取り出して番号を押そうとするが指が止まった。

「こ、混乱してて、番号がわからない」

 神崎は妻に絵里を任せ、自分のスマートフォンで警察に電話した。

「奥さん、警察に電話したんでこれから探しに行きます。とりあえず、僕はマンションの住民の人に聞いて回りますので、奥さんは文人くんの行きそうなところを探してください」

「わ、わかりました」

 妻は「私も」と言ったが、起きてしまった翔の面倒を任せた。そもそも、もし文人くんが自主的に行方不明になったのではなく、何者かに連れ去られたのであれば、翔を一人にすることなどできるわけがない。

 外に出ると、雨が降っていた。神崎は隣の筒本のインターフォンを押す。すぐに筒本は出てきた。

「神崎さん、どうされたんですか?」

 筒本は弾けるような笑顔で迎えてくれた。どんよりと暗く雨の降る夜の雰囲気と明らかに対照的であり、不均衡で不気味に感じた。

「おとなりの竹岡さんの息子さん、文人くんがどこかいっちゃったみたいで」

「え?」

「お見かけされたりしませんか?」

「いやあ……。でも心配ですね」

「そうですね。すみません夜分遅くに……」

「いえ、とんでもないです。協力できることがあれば何でも言ってください」

 扉が閉まりかけたとき、筒本の背後にドアに向かって走って来る小さな足が垣間見えた。男の子は紫の服を着ているようだった。

「フウくん! もう寝なさい!」

 筒本はドアの隙間から上目遣いで小さく頭を下げた。あれが、筒本家の一歳の息子なのだろう。

「いやいや!」

 フウタと思われる筒本の息子の大きな泣き声はドアが閉まっても、口をふさがれたように小さくくぐもったように漏れ続けていた。

 一緒に探してくれませんか、と言いたかったが、あの様子では両親ともに手を焼いているタイミングだっただろう。それに長女もいる。引っ越してきたばかりで関係も深くないので、頼みにくかった。

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