第3話

 翔は人見知りが激しく、「保育園に行こう」というと泣いてリビングから離れようとしない。

「お外で遊んでから保育園に行こう」

 神崎が聞こえないようにため息をつきながら誘うとゆっくりと玄関まで向かってくる。会社がマンションの近くで良かったと思う。早めに出て公園で一思いに遊ばせたあとに保育園まで送ってから会社に行くことができる。最も、一度公園に行くと保育園に行くのを嫌がるのだが、何度も説得し、それでもだめなら無理やり抱っこしてでも連れて行かなくてはならない。そうすると、息子の靴に付着した砂埃がスーツに付いてしまうことがよくある。

 ドアを開けると、筒本の旦那が娘と手を繋ぎながら外に出ていた。

「おはようございます」

 筒本が威勢の良い挨拶をしてきたので、ややのけ反って神崎は会釈した。筒本の娘は相変わらず固く手を繋がれていて、ずっと神崎を睨みつけている。

「おはよう」

 神崎はしゃがみこんで筒本の娘と目線を合わせるが、睨みつけられたまま挨拶は返ってこない。

「すみません。人見知りがひどくて」

「うちもです。そういう時期ですよね」

 筒本のドアから妻が顔だけを覗かせてきた。筒本の妻は肌が青白いので、生首のように思えてならない。

「娘さん、保育園ですか?」

「そうなんです。今日、転園初日なんですよ。娘より僕の方が緊張しちゃって」

 筒本は神崎に視線をくれているが、どこかかち合わないような気がした。筒本とエレベーターを待っていると背後から足音がした。

「あ、神崎さんおはようございます」

 左隣に住む竹岡の妻、絵里だ。竹岡の妻は息子の文人を抱っこしている。竹岡も登園のようだった。竹岡は筒本に会釈するとエレベーターの踊り場の横を抜けて非常階段へ向かった。

「最近運動不足だから階段なんです」

「そうなんですか」

 階段と言えど、ここは七階であり、十キロを超えたであろう息子を抱えながらだとかなり体力を使うだろう。

「竹岡さん、すごいですね」

 筒本に言うと、呆けたような顔で竹岡が下りていった階段の方を眺めていた。

 筒本とは公園で解散し、翔を一通り遊ばせてから登園した。今日は珍しく、説得がすんなりと効いて公園から出てくれた。神崎は一日ごとに成長する翔の姿に少しばかり目の周りがツンと痛み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る