第二十二話 声劇部が、大好き!

 友梨奈ちゃんは一瞬だけ私をみて――すぐに目を逸らす。


「……どうして?」


 絞り出すような返事は、感情を隠してるみたい。

 でも、諦めたくない。

 私、友梨奈ちゃんとも一緒に声劇がしたい……!


「友梨奈ちゃん演技上手だし、楽しい、大好きって気持ちが伝わってきて……とっても素敵だった!」


「当然よ。本気で好きで、本気でやってるんだもの」


 その本気が、声から伝わって来た。

 その本気が、友梨奈ちゃんの声を、登場人物の声にしてた。

 本当にすごくて、憧れちゃうよ。


「私も、私も本気だよ。私も本気で大好きになったから、一生懸命頑張ってる。だから私……友梨奈ちゃんとも一緒に、声劇がしたいの!」


 友梨奈ちゃんの目が、まん丸に大きくなる。

 丸い目はじっと私を見てから、静かに伏せられた。


「……晴斗は全然センスないけど、必死に頑張ってるんだってわかってる。だから下手でも、結構好きなのよ」


 言いながら、くるりと私に背を向けてきた。

 顔は見えなくて、どんな顔してるのかわからない。


「妃華先輩と煌輝先輩は、ちょっと納得いかないけど普通に上手いし。律部長も、アニメとか声優とかうるさいけど……一生懸命だわ」


 私が初めて会った時、友梨奈ちゃんはすっごく怒ってた。

 私だけじゃなくて、みんなにも。

 でも――みんなのことが嫌いなわけじゃ、ないんだよね。


「なんだかんだ言っても好きなのよ。声劇部が。あそこでみんなと演技するのが」


 むしろ、とっても好きみたい。


「部活も、話すのも楽しくて……だんだん、わからなくなったのよ。演技がしたくて部活をしてるのか、部活がしたくて演技をしてるのか」


 重たい声でそう言うけど……本当は友梨奈ちゃんも、みんなと一緒に演技したんじゃないかな。

 さっき一人で演技をしてた友梨奈ちゃんも楽しそうだったけど、同時にちょっと、寂しそうだったもん。


「ずっと、私にとって演技が一番だったわ。演技ができるなら、上手くなれるなら、どこだってよかった。なのにいつの間にか……あそこにいたいって、思うようになってた」


 友梨奈ちゃんの声がだんだん強くなっていく。

 おさえていた感情が、少しずつ出てくるみたいに。


「このままじゃ、私は上手くなれないと思った。楽しいなんて思ってたらダメなんじゃないかって」


 友梨奈ちゃんが、くるりとこっちを見た。

 その顔はやっぱり苦しそうで……かける言葉を見失う。


「そうやって悩んでた時にあんたが来て、イラっとしちゃったの。 律部長は楽しければそれでいいとか言うじゃない? いいわけないでしょって! あんたに合わせて緩くなるのも嫌だし」


「ご、ごめん……」


 むっと眉を寄せた友梨奈ちゃんが――その眉を困ったように下げて、笑った。


「どう思う? 私は、どうしたらいいと思う?」


「ええっと……」


 どうしたらいいって……どうしたらいいの?

 私は、何て答えるべきかな。

 ……なんて、混乱しそうになっちゃったけど。


「……演技も部活も、どっちも大好き! で、いいんだと思う」


 友梨奈ちゃんの声は、なんだかすっきりしてた。

 吹っ切れたような、悩みなんてもうないような、そんな感じ。

 だから私は、正直に思ったことを言うだけ。


「どっちも、友梨奈ちゃんの大切な気持ちだから。部活を楽しみながらでも、演技は上手になれるよ。だって――楽しいことが、上達に繋がってるから」


「そう」って、友梨奈ちゃんは静かに目を閉じる。


「勘違いしてたわ。あんたも、私と一緒だったのね」


「一緒?」


 私が首を傾げると、友梨奈ちゃんはゆっくりと目を開けた。

 しっかり私を見て、柔らかく微笑んでくれる。


「あんたも好きなんでしょ。声劇も、声劇部のことも」


 上手いかどうかって聞かれたら、私はまだまだ。

 でもその質問なら、自信を持って答えられる。


「――うん、大好きだよ!」


 って。

 私の大きな声を聞いて、友梨奈ちゃんは満足そうに優しい笑顔を濃くした。

 手に取った台本を、流れるようにランドセルにしまう。

 もう一度私の方を振り返ると、真っ直ぐに私を見る。


「ごめんなさい。キツいこと言って」


 きりっとしてた眉が、八の字に下がる。

 確かにびっくりしたけど……全然、怒ってないよ。


「いいよ。友梨奈ちゃんと一緒に、演技ができるなら!」


 友梨奈ちゃんは、一瞬びっくりしたように目を丸くして――それからくしゃっと、笑顔に崩す。


「……いいわ。部活、一緒に行ってあげる」


「本当に!? ありがとう!」


 私が大きな声で言ったからかな。

 友梨奈ちゃんは恥ずかしそうに頬を赤くして、緩んだ唇を引き結んだ。

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