第二十一話 魔女の声

 昨日の皇先輩のおかげで、何だか心が軽くなって。

 今日の部活は、いつもよりもっと楽しい。


 皇先輩は、周りをよく見てるみたい。

 だから色んなアドバイスができたり、私を気にかけたりしてくれたのかな。

 休憩中とかに黙ってることが多いのは、みんなの様子を見てたのかも。

 私も聞くのに集中して黙っちゃうことがよくあるから、ちょっと親近感がわいちゃう。


「……今日は一度、通しでやってみようと思う! 準備してくれー」


 休憩終わりの時間ぴったりに、石黒先輩がみんなに呼びかけた。

 私も台本を出そうとランドセルを開けるけど――。


「すみません! 台本、教室に忘れてきちゃったみたいです」


 どこを探しても、台本がない!

 お昼休みに見たから、絶対持ってきてる。

 自分の席の引き出しに置いてきちゃったのかも。


「さとちゃん、休み時間もずっと見てたもんね!」


「熱心ねぇ、偉いわ」


 念のためもう一回確認したけど、やっぱりない。

 休み時間すぐに出せるようにしたのが裏目に出るなんて!


「急いで取ってきます。先に始めててください!」


 部室を飛び出して、走って教室に向かう。

 普段は廊下を走ったらダメだけど……放課後で人も少ないし、セーフだよね。

 みんなを待たせてるから、早くしないと!



 クラブ棟を出て、小学部の校舎へ。

 五年三組の教室に行って、自分の引き出しを覗く。


「……あったぁ」


 ちゃんと台本が入ってて、ほっとしちゃった。

 鍵が閉まってたらどうしようとか、なくしてたらどうしようってちょっと不安だったんだ。


 みんなからのアドバイスや気づいたことをいっぱい書き込んだ、私の台本。

 何度もめくって、読んで、ちょっと端がくるんとしてきた、私の台本。

 なんだか愛着がわいてきてて、手に取っただけで安心する。


「急いで部室に戻ろっと!」


 教室を出て、また走り出そうとすると――声が聞こえた。

 みんなもう帰ってて、いないと思ったのに。

 気のせいかなと思いつつ、耳を澄ましてみる。


『――私の家をかじるのは、誰だい?』


 たった一言聞いただけで、ピンときた。

 これ、部活の劇のセリフだ……!

 お菓子の家から出てきた時の、魔女のセリフ。


『おやおや、可愛い子どもじゃないか』


 まるで本物の魔女みたいな、ちょっと怖くて低めにした声。

 この子、演技がすっごく上手みたい。

 もちろん、もう誰かはわかっちゃって。


 足音を立てないようにそろっと、声のする方に行ってみる。

 場所は――勿論、二組の教室。

 ドアの隙間から、中を覗く。


「あっ」


 思わず出かかった声を、口を抑えてひっこめる。

 たった一人で声劇の練習をしてるのは――体操着を着た、友梨奈ちゃん。


『ごめんなさい。僕たち、何も食べてなくて。お腹が空いてて……!』


 魔女だけじゃなくて、ヘンゼルとグレーテルのセリフも読み上げる友梨奈ちゃん。

 役が変わるごとに、表情も、声色も感情も全部、ころころと姿を変えていく。

 本当に、とっても演技が上手……!


 もしかして、更衣室で会った日からずっと、一人で練習してたのかな。

 更衣室を使ってたのは、一人で練習するためだったのかな。


 本当は、部活に来たいから?

 ……ううん。違う。

 きっと、演技がしたいから。――演技が、大好きだからだ。


『二人は少し怖がりながらも、お菓子の家に入りました』


 どのセリフも、登場人物そのものみたい。

 だけどその奥深くに、友梨奈ちゃんの気持ちも伝わってくる。

「楽しい!」っていう、純粋でまっすぐな気持ちが。


 演技が大好きで楽しくて、仕方ない!

 もっともっと演じたい!


 そんなキラキラした気持ちが、ぎゅっと込められてる。

 友梨奈ちゃんの声、とっても素敵だよ……!

 このまま、そっとしておいてもよかったけど――。


『わぁ、美味しそうなパンケーキ!』


 ドアを開けて、友梨奈ちゃんの一人芝居に参加した。

 魔女に続くグレーテルのセリフを、精一杯演じてみた。

 友梨奈ちゃんはびっくりしたみたいに、目を見開いてる。


『食べてもいいんですか、おばあさん!』


 次は、魔女のセリフ。

 期待を込めて、まっすぐに友梨奈ちゃんを見る。

 まだまだ敵わないかもしれないけど、私も演技好きなんだよ。友梨奈ちゃんと一緒に、演技したいよって。


 友梨奈ちゃん、応えてくれるかな?


『え……ええいいよ。まだまだあるからね』


 とまどってるみたいだけど、続きを言ってくれた。


『ありがとうございます!』


 この言葉を言った時のグレーテルは、きっと嬉しかったよね。

 そう思って、とびきりの笑顔で言う。


「……少しはマシになったじゃない」


 ふっと、友梨奈ちゃんが台本を机の上に置いた。

 ちらっと見えた台本には、やっぱり書き込みがいっぱい。


 キツい視線はにらんでるみたいだけど……マシってことは、よくなったってことだよね?


「ありがとう! あれから毎日、いっぱい練習したんだよ」


 褒めてくれたってことで、いいのかな。

 友梨奈ちゃんの態度は素っ気ないけど、嬉しくなる。


「友梨奈ちゃんも、いっぱい練習してたんだね」


「……当然でしょ」


 友梨奈ちゃんは腕を組んで、ぷいと顔を逸らした。

 その態度はまるで、私と仲良くする気なんてない、って言ってるみたいだったけど……。

 声は、ちょっと嬉しそうに聞こえた。


「ねぇ、友梨奈ちゃん」


「何」


 だから、ずっと言いたかったことを、言ってみる。

 毎日部活に行く前に二組を覗き込んで、かけたかった言葉を。


「――今から一緒に、部活行かない?」

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