第二十話 私の気持ち
声劇部に入部してから、もう一週間くらい。
少しずつ体力がついてきて、基礎練もできるようになってきた。
演技もどんどん上手くなってるって褒められたし、アドバイスも何かある? って聞かれたら、落ち着いて答えらえるようになったんだよ。
今は部活が終わって、更衣室で着替えて、また部室に戻ってきたところ。
着替えが終わったらいつも、部室に集まってから解散するんだ。
今日は一人だけ早く戻ってきちゃったから、台本を読んで待ってたら――。
「――聡美さん、何してるの?」
突然、耳元で皇先輩が声をかけてきた。
「すっめらぎ先輩!? いつからいたんですか!」
声も肩もビクッて跳ねちゃって、ちょっと恥ずかしい。
入ってきたの、全然気が付かなかった……。
「ごめん、驚かせたかな」
口元に手を当てて、皇先輩はクスリと笑う。
集中してたからかな、足音も聞こえなかったよ。
「い、いえ、大丈夫です……」
よく考えたら、皇先輩とちゃんと話すのは初めてかも。
春日井くんとは教室で、妃華先輩は着替えに行くとき、二人だけで話す。
石黒先輩はしょっちゅう話しかけてくれるけど……皇先輩とは、たまにちょっと会話するくらい。
「妃華は?」
そう思ったら、ちょっと緊張しちゃうなぁ。
でも皇先輩はそうじゃないみたいで、聞きながら私の隣に座った。
「廊下で友達と会ったみたいで、話してました」
答えてから、同じように「春日井くんたちは?」と聞いてみる。
「アニメの話で盛り上がってたから、置いてきたよ。いつも始まったら、ずっと話してるんだよね……」
皇先輩は、ちょっと呆れたように苦笑する。
二人が楽しそうに話してるところが、想像できすぎるよ。
春日井くんははしゃいでそうだなとか、石黒先輩はセリフ言ったりしてそうだなって思ったら、ちょっと笑えてきちゃった。
「それは皇先輩が止めないといけないやつでは……?」
「そうかも」
短く答えた皇先輩も、小さく声を出して笑う。
いつもうっすら浮かべてる“王子さま”って感じの笑みとは、ちょっと違う笑顔。
「どうかな、声劇部。楽しい?」
「はい。すっごく楽しいです」
笑ったからか、緊張は解けたみたい。
するっと、迷わず答えられた。
皇先輩の笑顔が安心したような、優しい表情になる。
「そうなの?」
「はい! みんなが優しいからすぐに仲良くなれて。こうして話すのも練習するのも、とっても楽しいです!」
私は聞いてばっかりであまり話せないことがあるからか、人付き合いがちょっと苦手なの。
クラスも新しくなったばかりで、すっごく仲良しなお友達、って言える子はいなかった。
でも春日井くんが一緒にいてくれて、楽しい話をしてくれるから、クラスでも一人じゃなくなって。
春日井くんも先輩たちも優しく話しかけてくれるから、部活でも一人じゃなくて。
学校がすごくあったかくて、土日にお休みするのが惜しいくらい。
「律くんとか晴斗くんとか、すごく積極的だもんね。妃華も人付き合い上手いし……ごめんね、僕は絡みづらくて」
「そんなこと! 基礎練の時とかすごく気にかけてくれますし、優しいですし……ありがとうございますです!」
「――ふっ、ますですって何……?」
必死に否定しようとしたら、皇先輩があははって笑いだした。
ですますって、確かに変だ……! 焦って変なこと言っちゃったよ。
「すみません、間違えました……」
恥ずかしくて、かあっと顔が赤くなった気がする。
そんな私を見て、皇先輩はますます笑う。
「わ、笑いすぎですよ!」
「ごめん……可愛くてつい……」
謝りながらもまだ笑ってて、全然反省してない。
ツボに入ったのかな、こんなに笑ってるところ初めてみた。
先輩はいつもかっこよくて、すっごく大人っぽいイメージだったけど。
今の笑顔は無邪気な感じが子供っぽくて、ちょっと距離が近くなった気がする。
「……はぁー、笑いすぎたかも。ごめんね」
「いえ、大丈夫ですけど……」
気のすむまで笑った皇先輩が、ころっと涼しい顔に戻る。
いつも通りの綺麗な笑顔だけど、なんだか見え方が変わった気がする。
「よかった、すごく楽しそうで」
「どうかしたんですか?」
涼しい笑顔の皇先輩が、ほっとしたように言う。
なんとなくひっかかって聞いてみた。
「今週入ってから、ちょっと元気ないように見えたから」
「えっ、そうですか?」
皇先輩はこくりとうなずく。
一生懸命やったつもりだけど、そんなに暗く見えたかな。
「あからさまではなかったけどね。……友梨奈さんのこと、気にしてる?」
「……はい」
何も言ってないのに、皇先輩にはお見通しみたい。
部活は、もちろん楽しいよ。だけど友梨奈ちゃんと話してから――ずっと、心のどこかがもやもやしてるの。
「みんなは上手になったって褒めてくれますけど……どれくらい上手になったら、友梨奈ちゃんに認めて貰えるのかなって思ったんです」
どのくらい上手になったらいいのか、どうやって、友梨奈ちゃんに上達を証明するのか……全然わからない。
そもそも、上手くなったら友梨奈ちゃんに許してもらえると思ってたけど――それも、ちょっと違う気がして。
「だから……このままでいいのかなって」
どうしたらいいのか、わからなくなってる。
「――ごめん」
黙って聞いてた皇先輩が、突然謝ってきた。
いつも笑みの形の唇がきゅっと引き結ばれてて、水色の目も真剣。
「え……?」
「僕が『言葉より姿勢で示すべきだと思うよ』なんて言ったから気にしてるんだよね。だから、ごめん」
とっさに「そんなことないです!」って言おうとしたけど……言えなかった。
皇先輩の目は真剣で、何もかも見透かされてるみたいだったから。
その言葉を聞いて、友梨奈ちゃんのために上手くならないと! って思ったのは本当だから……なんて答えたらいいかも、わからなくなっちゃった。
「……聡美さんは、どうして声劇部に入ってくれたの?」
「みんな仲良しで、声劇がとっても素敵で……みんなの声劇とみんなが、大好きになったからです」
はっきり答えると、皇先輩は満足そうにうなずいた。
「なら、その気持ちを大切にしてほしい。――誰かに認められたいって気持ちを理由にするのは、結構疲れるから」
「どういうことですか?」
皇先輩が少し目を細めて、優しく笑った。
いつも通りの王子様スマイル……よりも、もっと優しい雰囲気。
「聡美さんは楽しそうにしてる時が、一番可愛いってことかな」
「え゛っ!?」
にこっと笑った皇先輩が、柔らかい声で言う。
びっくりして、変な声がでちゃった。
固まってる私を見て、皇先輩はまたくすりと笑う。
「……妃華はそろそろ戻ってくる頃かな。律くんたち迎えに行ってくるよ」
皇先輩はすっと立ち上がって、そのまま部室を出て行っちゃった。
外から妃華先輩と皇先輩の話す声が聞こえてくる。
結局どういうことか、詳しくはわからなかったけど……気にしすぎずに楽しもうってことかな?
優しい声と、楽しそうな笑い声が耳に残って――なんだか、心が軽くなった気がした。
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