第二十三話 おかえりっ!

 二人で一緒に、ちょっと早足で部室の前にやってきた。

 みんな、友梨奈ちゃんを見たらびっくりするかな?

 ちょっとドキドキしながらドアを開けて、みんなに声をかける。


「遅くなりました、すみません!」


「おかえりーさとちゃん! 遅かったね」


 みんなこっちを見て、私の影に隠れてた友梨奈ちゃんがひょっこり出てきたら……みんなの顔が、びっくりしたような顔に変わった。


「ゆりちゃん!!」


 友梨奈ちゃん、友梨奈さん、北条って、バラバラなみんなの声がぴったり揃う。

 友梨奈ちゃんが気まずそうにうつむく一方で、私は笑っちゃった。

 リアクションのタイミングがこんなにぴったり揃うなんて、こっちがびっくりだよ。


「来ました。この子に言われて……仕方なく」


 うつむいたままの友梨奈ちゃんが、小さな声で言う。


「仕方なくなの?」


 本当は部活に来たがってるんだと思ったけど……違ったかな?

 そう思って聞いたら、友梨奈ちゃんが恨めしそうにこっちを睨んできた。


「……ごめんなさい」


 それからみんなに向けて、静かに頭を下げる。

 みんなますますびっくりして、丸い目を大きく見開いた。


「あんなこと言って、ごめんなさい。本当は、部活に不満なんてないんです。私は、私に怒ってただけでした。――私もみんなと、演技がしたいです……!」


 頭を下げたままの友梨奈ちゃん。

 その声は――ちょっと震えてる。


「……そんなこと、誰も怒ってない。俺の方こそ悪かった」


 一歩、また一歩友梨奈ちゃんに近づいて。

 石黒先輩が、優しい声で言った。


「俺はまだまだ下手だし、頼りないからな。だが……“楽しい”と“本気”は、両立できると思っている」


 顔を上げた友梨奈ちゃんに、石黒先輩は優しく笑いかける。

 ヘンゼル役をする時、石黒先輩は意識して柔らかい声を出してるみたいなんだけど――今の声は、その何倍も柔らかかった。


「全員が楽しみながら、本気で頑張れる部活。声劇部は、そういう場所にしたいんだ」


 みんなもうんうん、頷いてる。

 したいって言ってるけど、もうなってる気がするな。


 だってこの一週間、今までとは比べ物にならないくらい、楽しかった。

 みんなにアドバイスをもらったり、一緒にしんどい体力作りをする時間も、楽しかった。

 一生懸命部活をしてる時間が、とっても楽しかった!


「……最近一人で練習してて、気づいたことがあるんです」


 友梨奈ちゃんがぽつんと、呟くように言う。

 その声は、もう震えてなんていなかった。


「基礎練なんて、誰かとやる必要ない。演技の練習だって、一人でもできる。でも……そうじゃない」


 友梨奈ちゃんが少しだけ振り返って、私を見た。

 それからあずき色の目に溜まった涙をぬぐって、まっすぐに石黒先輩を見る。


「みんなで練習をすることにも意味があるんだって、わかりました。それから――」


 まだ少し涙の浮かんだ目は、力強い。

 その声ももちろん、同じくらい力強い。


「私は演技だけじゃなくて――ここ声劇部がすごく好きだってことも……!」


 二人っきりで話して、友梨奈ちゃんが苦しそうだった理由が、ようやくわかった。

 それは――好きって気持ちを、隠してたから。

 演技が好きって気持ちを守るために、声劇部が好きって気持ちを、消そうとしたからだ。


「みんないい人ばかりだから……私のせいで、心労をかけたと思います。改めてごめんなさい。よければ今から練習、参加させてほしいです」


 次の本番に向けて、と、友梨奈ちゃんははっきりした声で付け足す。

 その言葉を聞いてみんな、一層嬉しそうに笑った。


「そのつもりだ。気遣いも、遠慮もしなくていいからな」


 切り替えた友梨奈ちゃんが聞くと、石黒先輩はにやりと笑った。


「……はい! 石黒部長にも、どんどん指摘しますから!!」


 友梨奈ちゃんも負けじと笑って、強気な声で言う。

 さっきまで、ちょっと不安そうな声をしてたけど……すっかり元気みたい。


「覚悟しておく」


 石黒先輩もどんとこい! って感じで、やる気満々だ。

 早速準備しようとして、友梨奈ちゃんがみんなの荷物を置いてる壁際に行く。

 私も、一応ペンを用意しとかないと!


 私も追いかけると、友梨奈ちゃんはちょっとびっくりしたみたいに目を丸くする。

 それからその目をきゅっと細めて、柔らかく笑った。


「ありがとう、


 それだけ言うと、すたすたと先輩たちの方へ行っちゃった。

 緩んだ口が三文字、私の名前を呼んだ。

 優しく耳に入ってきた声に嬉しくなって、上がった口角は戻って来てくれない。


「……さとちゃん」


 そろっと近づいてきた春日井くんが、小さな声で話しかけてきた。

 内緒話みたいに、ひそひそ囁いてくる。


「やったね!」


 にっと笑った春日井くんに、同じように笑い返す。


「ありがとう、春日井くんのお陰だよ」


「おれの?」って、春日井くんは不思議そうに首をかしげる。

 昔の私なら、友梨奈ちゃんを見つけても――きっと、声をかけられなかった。

 部活に入る時、春日井くんが大丈夫って言ってくれたからだよ。


「さとちゃんがすごいからなのに」


「ありがとう!」


 すごくなんてないよ、なんて言葉は、もう出てこなかった。

 春日井くんの声は、嘘をついてないってわかるから。

 春日井くんが言ってくれたら、本当にそんな気がしてくるから。

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