第十八話 宝物

 部活が終わって解散した後。

 私は居残って、台本を貸してもらえるのを待ってるところなの。

 石黒先輩の指示でみんなはもう帰ったけど、妃華先輩は校門で待ってるって言ってた。

 なんとなく、春日井くんと皇先輩も一緒に待ってる気がするな。


「これにしよう! 去年放送部に頼んで、昼休みに放送でやらせてもらった時のやつだな」


 どれがいいか考えてくれてた石黒先輩が、台本を渡してくれる。

 部室のロッカーに過去の台本を保管してて、けっこういっぱいあった。

 その中から、一番いいのを選んでくれてたみたい。


「ありがとうございます!」


 読んでた台本を置いて、両手で丁寧に受け取る。

 台本が混ざらないように、みんな一枚目の端っこに名前を書いてるの。 


「……あれ? 先輩、これって……」


 それを見て、ふと声が漏れる。

 石黒先輩が渡してくれた台本に書いてあった名前は――北条ほうじょう 友梨奈ゆりな

 この台本、友梨奈ちゃんのってこと?


「北条の台本だ。一番参考になると思ってな」


 石黒先輩はなんてことないように言うけど、いいのかな。

 貸してくれるってことはいいんだろうけど……とりあえずもう遅いし、家に帰ってからゆっくりみよう。

 自分の台本と一緒に、折れないように丁寧にランドセルに仕舞った。


「……友梨奈ちゃんって、どんな子なんですか?」


 友梨奈ちゃんに会う前春日井くんにした質問を、石黒先輩にもしてみた。

 仲良くなりたいなと思って頑張ってるけど……友梨奈ちゃんのこと、ほとんど何も知らない。


 春日井くんは、演技が上手で大好きな子だって言ってた。

 妃華先輩は、女優さんになりたくて、声劇に可能性を感じた。先輩たちが自分より下手だから、つらくなったのかもって。

 

「演技が大好きで、だから一生懸命ってことはわかりました。でも……何か、それだけじゃない気がして」


 友梨奈ちゃんが何で怒ってるのか――ううん、何で苦しそうだったのか、いくら考えてもわからないの。

 妃華先輩は違うって言ってたけど、私が下手だから怒ったんだと思う。

 だけど何で苦しそうだったのかはわからない。


「北条は誰よりも演技に真剣で、誰よりも上手く、誰よりも楽しそうに演技をするヤツだ。あいつがいるだけで、全体の質もやる気も上がるくらい」


 石黒先輩の声も表情も、優しくて柔らかい。

 友梨奈ちゃんのことが大事なんだなって伝わってくる。


「引っ張られるんだな、やる気も実力もすごいから。こういうヤツが部長向いてるんだろうな。……まあ、思ったことをはっきり言いすぎるのと言葉がキツいのが玉に瑕だが。まだ部長は譲れんな!」


 冗談めかして言って、石黒先輩は明るく笑った。

 春日井くんは「よく怒られるよ」って言ってて、皇先輩は「怒るのは初めて」って言ってたのは、そういうことかな。

 言い方がキツめだから怒ってるように聞こえるだけで、本当は怒ってない、って感じで……。

 この間は、本当に怒ってたんだと思うけど。


「……友梨奈ちゃんの演技、聴いてみたいです」


 友梨奈ちゃんが、何で苦しそうだったのかはわからないけど……友梨奈ちゃんの演技を、すっごく聴いてみたくなった。

 少し目を丸くした石黒先輩の顔が、嬉しそうな笑顔になる。


「是非聴いてほしい! 北条だけじゃなくて、皇は意味がわからないくらい上手いし、妃ねぇはすごく役の事を考えてるし、春日井の声はよく通るし……って、それはもう知ってるか」


 みんなのことを語る石黒先輩の目はキラキラと輝いてて、声も楽しそうに弾んでる。

 まるで大好きな宝物の話をするみたいな、すっごく嬉しそうであったかい声。 

 石黒先輩は――みんなのことが大好きなんだって伝わってくる。


「というか聴くんじゃなくて、三波もだろ?」


 そんな石黒先輩が、呆れたように苦笑した。

 その声も、すっごくあったかくて。


「……そうでした」


「三波は一生懸命で人の演技をよく聞いてて、通す度に上手くなっていて驚かされる。一緒に舞台に立てるのを、すごく楽しみにしている」


 私も声劇部の一員なんだなぁって、改めて思った。

 まるで石黒先輩の言葉に温められたみたいに、心が熱を持つ。


「声劇は、一人で作り出すものじゃない。俺たち声劇部だからこそ作り出せる物語がある。北条も――三波も、もう欠かせない」


 一言一言に、どんどん嬉しくなっちゃう。

 私ももう、石黒先輩の宝物の一部なんだって、言われてるみたいだから。


「一人じゃできないことをできるのが、部活の一番いいところだと思っている。次の舞台も、絶対全員で最高の劇にするからな! 絶対だ!」


「はい、頑張ります!」


 あったかくなった心から、熱いやる気が沸いてくるような感覚だった。

 石黒先輩は、声劇部のことを宝物だと思ってるみたいだけど……私も、そう思ってるから。

 最高の劇にしたいって、私も思ってるから。


「――りっちゃん、この間は『先輩や後輩と交流ができるのが一番いいところ』って言ってなかったかしらぁ」


「去年は『夏に夕日見ながら下校できるのとこ』とか言ってた気がするな」


 なんて言ったのは、少し開けたドアから覗いてる先輩たち!?

 ぜ、全然気が付かなかった……。いつからいたのかな。


「部長、一番がいっぱいあるもんな!」


 ここからじゃ見えないけど、どうやら春日井くんもいるみたい。

 丸く見開いた目でドアの方を見てた石黒先輩が、はぁーっと大きく溜息を吐く。

 そのまま頭を抱えてしまった。


「……頼むから最後までかっこつけさせてくれ……。あと皇、わざと浅いネタを選ぶな」


 むっと先輩たちを睨む石黒先輩が、なんだか面白くて。

 私は今朝の石黒先輩を超えるくらい、思いっきり笑っちゃった。

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