第十七話 中学部ってすごい……!

 うーんと、勝手にうめき声が漏れる。

 朝早くに登校した私がしたのは、もちろん台本の確認!

 みんなみたいに、気づいたことや気をつけることをメモしようと思ってたんだけど……。


「おっはよーさとちゃん! 朝から悩みごと?」


「あっ、春日井くん! おはよう」


 うんうん考えてたら、春日井くんが顔を覗き込んできた。

 いつもは明るい笑顔だけど、今日はちょっと眉が下がってる。

 朝からうなってるなんてめずらしいから、ちょっと心配されちゃったみたい。


「台本に書き込みたいなと思ったんだけど、どんな書き方がいいかわからなくて」


「あー難しいよね……書きすぎたらわからなくなっちゃうし、でもいっぱい書きたいし!」


「そう! そうなの!」


 春日井くんの言う通り、難しい!

 細かく書いたらぐちゃぐちゃになって、セリフが読みにくくなっちゃうの。

 かといってひとことで表すのも難しいし……。


「よかったら書き方教えてくれない?」


 一人じゃなんとかできる気がしなくて、ダメ元で聞いてみる。

 そしたら春日井くんは困ったような顔をした。


「おれの台本がすごいことになってたの、さとちゃんも知ってるよな……」


「うん、ごめんね……」


 でも、春日井くんもメモはあんまり得意じゃないみたい。

 自分の台本を貰うまで、教室では春日井くんのを見てたんだけど……確かに上手とは言えなかったかも。


「どうしたらいんだろうね」


 またうーんって首をひねると、春日井くんが得意気に胸を張った。


「そんな時は! 先輩に聞くのが一番だよ!」


 ナイスアイデア! って感じで、目を輝かせてる。

 それから私の台本を持って、はずんだ声で「行こ!」と言ってくる。

 行こって……。


「今から!?」


「早くー、休み時間終わっちゃうよ!」


 春日井くんはぐいぐい引っ張ってくるけど、中学部に行くってこと!?

 中学部の校舎なんて、言ったことないよ……そもそも、小学生が行ってもいいのかな。


「朝休みまだまだあるし! ほら早く!」


 まだ行くって言ってないのに、春日井くんはもう行く気満々みたい。


「さとちゃんが行きたくないなら、おれが聞いてこようか?」


「待って、それはダメ!」


 今にも走り出しそうな春日井くんを、急いで止めた。

 ずっと座ってた私が急に立ち上がったから、春日井くんはびっくりしてるみたい。


「そんなに止めなくても……」


 困ったように笑う春日井くんと一緒に廊下に出る。

 私が止めたのは間違ってなかったって、すぐにわかった。


「……さとちゃん、中学部ってどっちか知ってる?」


「言うと思ったよ……」


 わからないなら、何で1人で行こうとするのかな。


 **


 いつもみたいにクラブ棟まで行って、さらにもっと進んで、中学部の校舎までやってきた。

 中学部に来たのは初めてで、びっくりしちゃった。


「中学部って、こんな感じなんだね……!」


 同じ学校なのに、全然違う。

 階段の段差とか教室のドアがちょっと大きいとか、細かい違いもいっぱいあるけど。

 なにより違うのが、雰囲気!


 制服も私たちとは違ってて、みんな背が高い。

 なんとなく小学部より落ち着いてて、大人ーって感じだ。

 廊下に立ってるだけで、なんだかドキドキする。


「……なんだか緊張しちゃうね。誰のとこ行く?」


「うーん、部長にしよう! 一番暇そうだから」


 ……春日井くん、ちょっと理由がひどい。

 石黒先輩は、確か一年生だっけ。

 ここは三年生のフロアみたいだから……あれ? 二階が三年生なら、一年生は何階なんだろう。


「部長は一年……六組だった気がするよ、確か」


「六組もあるの!? 中学部ってすごいね……」


 小学部は四組までしかないのに、二クラスも増えるなんてびっくりだよ。

 中学部って、なんだかすごい。あと二年もないくらいで私も中学生になるなんて、全然想像できないや。



 なんて春日井くんと話しながら、一年六組目指して歩いたんだけど……。

 六組どころか、一年生のフロアがどこにあるのかも全然わからなくて!


「――まさか二人揃って迷子になるとはな……」


「「ごめんなさい」」


 結局、近くにいた先輩に聞いて、目的地まで連れてきてもらった。

 廊下まで出てきてくれた石黒先輩は、呆れたように溜息を吐く。


「わざわざ来なくても、部活で聞いてくれたらよかっただろう」


「早い方がいいって、妃ねぇが言ってたからぁー」


 台本を渡しに来た時言ってたけど……それとこれとは違うんじゃないかな。

 春日井くんは不満そうに唇を尖らせてる。


「だからって来るか普通。中学部に来たのは初めてだろう?」


 石黒先輩はむっと眉を寄せて怒ってるみたいだけど、その声はすごく心配そう。

 迷子になったって知ったら、そりゃあ心配するよね。


「はい。なんか大人ーって感じですごいですね……」


「俺たちもつい先月まで小学生だったけどな」


 苦笑いの石黒先輩に言われて、ちょっとびっくりした。

 先輩たちはすっごく大人に見えるけど――石黒先輩やこのフロアにいる人達も、最近まで小学生だったんだ。


「メモの仕方、だったよな。時間もないし、どう説明しようか……」


 急なお願いなのにしっかり考えてくれる石黒先輩は、すごく頼りになる。


 二年後に石黒先輩みたいにかっこよくなれる気なんて、全然しないや。

 でも中学生になったら、勝手に成長できる……わけないよね。


「こういうのは、実際に見た方が早いだろう。今日の部活で、過去の台本を貸そう」


 表情を明るくした石黒先輩が、笑って言ってくれる。

 過去の台本って、先輩のを貸してくれるってことだよね。

 実物を見るのは、すごく参考になりそう……!


「いいんですか?」


「放課後まで待ってもらうことになるが、それでもいいならな」


「大丈夫です!」


 早い方がいいって今来たけど、そんなに急いでないしね。

 部活まではいつも通り読み込んだり、書くこと考えておこう。


「じゃあ、問題は解決ということで。そろそろ朝休みも終わるが……送っていこうか?」


 心配そうな声で石黒先輩が聞いてくる。


「お願いします」「大丈夫です」


 春日井くんと私の、真逆な声がぴったり揃った。

 お願いしますじゃないよ春日井くん、ちゃんと帰れるよ!?


「だ、大丈夫だよ!? もう道覚えたので、帰れます!」


「本当かー?」


 石黒先輩は意地悪に笑ってて、すごく面白そう。

 初めてだったから迷っちゃっただけで、もう大丈夫だよ……。


「さとちゃんが道わかるなら、おれも大丈夫!」


 何回もうなずく私を見て、春日井くんが元気よく言う。


「ほら、俺はお前たちの先輩だからな、困った時はエンリョせず頼ってくれても――」


「本当に大丈夫です! 失礼します、また放課後に!」


 そろそろ時間もなくなってきたから、春日井くんを引っ張って早足に歩き出す。

 そしたら後ろから、石黒先輩の大笑いする声が聞こえた。

 先輩、後輩を見て笑いすぎるのはよくないと思います!

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