第十六話 アドバイスなんて、できません!

 アドバイスしてって言われたけど、そんなことできないよ。

 演技のことも声劇のことも、何もわからないもん。


「何でもいいのよ? 何か気がついたこととか、こうすればもっとよくなるよーって」


「詳しいことはわからなくても、ここがちょっと変だった、とかね」


 妃華先輩と皇先輩が、優しく教えてくれる。

 さっきそうやって、先輩たちからいっぱいアドバイスをもらった。

 だけど私がする側になるのは、ちょっと……。


「私、まだまだ下手なので、誰かに何か言うなんて……」


「自分ができているかどうかは、気にしなくていいんだ。一人じゃ気がつけないことに気づくためのアドバイスだからな」


「そうそう! おれだって、なーんにもできないけど言ったりするよ!」


 気づいたことは、あるにはある。

 あるけど、こうした方がいいなんて具体的に言えないし、合ってるのかはわからないし……。


「初めて言ってくれた感想、とっても嬉しかったの。よく聴けてるなぁ、細かいことに気づける子だなぁ、アドバイスとか上手そうだなぁって思ったわぁ」


 妃華先輩がおっとりした声で言う。

 みんなの声を聞いてたら、素敵だなって気持ちがいっぱい溢れてくる。でもそれは、ただのほめ言葉だよね。

 アドバイスになるようなこと……あるにはあるかな、でも――。


「思ったことを、そのまま言ったらいいんだって! 合ってるとか間違ってるとかないから」


 そう言ってくれる春日井くんが、すごく、期待した目で見てくる……。

 え、ええいっ! もうどうにでもなれだよっ!


「い、石黒先輩は、盛り上がるシーンで張り切りすぎだと思いますっ!! 気合が入ってるって、声でわかります」


 ぱっと思いついたことを、勢いで言った。

 石黒先輩が、びっくりしたみたいに赤い目を丸くする。


 ……って、違う! 聞かれてるのは、皇先輩のことだった!?

 えーと、皇先輩のこと、皇先輩について気づいたこと……。


「皇先輩は……アドバイスを気にしすぎだと思います!」


「え?」


 わわ、変なこと言っちゃった!?

 これは、どういう意味か説明しないとだよね。

 上手く伝えられるかな……。


「多分先輩が言うように、感覚で演じるのが向いてるんだと思います。自然とキャラになりきるみたいに感情が乗ってるので……」


 皇先輩は、きょとんとした顔で私を見てる。

 何も言わずに話をきいてくれてるけど、どう思ってるんだろう……。


「誰かに言われた強弱とかを意識しすぎて、その部分だけあんまり感情がこもってない気が……しました……」


 どうしよう、皇先輩が笑ってない……。

 私の言いたいこと、ちゃんと伝わったかな。というか、おかしなこと言ってないかな?


「……聡美ちゃん、私は?」


「えっ、妃華先輩は! えぇっと、逆に感情の込めすぎなところがあるかもです……? 伝わりすぎて、二人に内緒で森に捨てるのとかできなそう、って……」


 妃華先輩に答えたら、今度は春日井くんが「おれはー?」って。

 ええっと、ええっと、春日井くんは……!


「春日井くんの声はすっごく元気だと思う! いいことだけど、暗いシーンだと、急に明るい声がしてびっくりしちゃうかも」


「確かに! ありがとな!」


 春日井くんはすぐに返してくれるけど、私、ちゃんとアドバイスできてたかな?

 緊張と混乱でもう、頭も目もぐるっぐるだよぉー。

 先輩たちはそろって目を丸くしてるけど、何て思ってるんだろう……。

 やっぱり、よくないこと言ったかな。


「あのー……ダメ、でしたか? 私の言ったこと……」


 ちょっと怖いけど、そろっと聞いてみた。

 石黒先輩は、はっとしたみたいに目を瞬く。

 それからゆっくりと口を開いた。


「三波、お前……すごいな!?」


「えっ」


 赤い瞳がぱあっと輝いて、弾んだ声は嬉しそう。

 悪くはなかったみたいでよかったけど、拍子抜けしちゃった。


「たった数回聞いただけで、そんなことわかるなんてな……」


「特に煌輝くんのなんて、全然気が付かなかったわ!」


「言われてみれば、意識しすぎてた気がするよ。すごいね」


 先輩たちが口々にほめてくれて、びっくり。

 私、ちゃんとしたこと言えた……?


「何でそんなにわかったの? 耳がいいから?」


 春日井くんも弾んだ声で聞いてくる。

 ごく自然にでたその言葉に、胸の奥があったかくなった。


 耳がいいって、一回しか言ってないよね?

 覚えててくれてるなんて思ってなくて、びっくりした。


「……さとちゃん?」


「あっ、そう、そうなの! 私、耳がちょっとよくて……声からその人の気持ちとかも、ちょっとだけわかるんです」


 ついぼーっとしちゃってて、あわてて返事をする。

 そしたら「へぇー!」と、みんな感心したみたいに声をあげた。


「気持ちまでわかるんだ……!? すごいねさとちゃん、才能じゃん!」


「すごいわねぇ、耳がいいから、あの時の声も聞こえたのかしら?」


 “あの時”っていうのは多分、私が初めて声劇部に来た時、だよね。

 確かに先輩たちの声はそこまで大きな声じゃなかったから……耳がよくなかったら、そんなに気にならなかったかも。

 春日井くんに言われたことがちょっと恥ずかしくて、返事はうなずくだけになっちゃった。


「そうだったんだ。なら聡美さんの耳がよくなかったら、僕たち出会えてなかったかもしれないね」


「そうかも……ですね」


 確かに、皇先輩の言う通りだ。

 そう考えたら耳がよくてよかったかも……なんて。

 今だってアドバイス、ほめられちゃったしね。


「……ありがとう、ございます」


 とくとくと高鳴る胸を抑えて、小さな声でお礼を言った。


 あんなに自分の耳が嫌いだったのに。

 ここにいたら、どんどん好きになっていける気がして――私の声も、期待に満ちている気がした。

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