第十四話 先輩たちの入部理由

 部室に戻るとすぐに、基礎練習が始まった。

 全く想像のつかなかったそれの正体は……すっごく、地味でしんどかった。


「……はぁ……」


「聡美さん、大丈夫?」


 今は、一旦休憩中。

 一向に息の整わない私を見て、皇先輩が心配してくれる。


「大丈夫です……」


 声劇部だからって、演技や声を出す練習だけじゃないんだって。

 今私たちがやってたのは、なんと筋トレ!


 腹筋、背筋。何か名前のわからないやつ……。

 っていろいろして、もうへとへと!


「大丈夫じゃなさそうに見えるけど……」


「普段こんなことしないから……お腹痛い」


 春日井くんにまで心配されちゃったけど、みんな平気なの?

 私、絶対筋肉痛になるよ……。

 水筒のお茶を飲みながら、みんなの様子を観察してみる。


 隣で一緒に座ってる春日井くんは、まだまだ平気そう。

 壁にもたれて休憩してる皇先輩も涼しい顔。

 一方で、妃華先輩と石黒先輩はというと……。


「はぁいりっちゃん、もっと頑張ってー」


 筋トレ……は、二人とも余裕そうだった。

 特に石黒先輩なんて、少しも息が乱れてなかった気がする。


「やってる……ぅ、ひ、妃ねぇ、痛い痛い痛い!」


 筋トレが余裕だったからなのか、石黒先輩は休憩もせずに――なぜか、柔軟運動をしてた。

 筋肉だけじゃなくて、体を柔らかくすることも大切なのかな?

 それはそうと石黒先輩、体堅いなぁ……。


「痛いの? 大丈夫大丈夫、頑張って!」


「無理だって!?」


 伸ばした両足を広げて、前に倒れる運動なんだけど……全然できてないよ。

 足はあんまり開いてないし、なんならちょっと曲がってる。

 体も全然前に倒れてなくて、ちょっと前かがみで座ってるだけの人みたい。


「ちょぉーっとしか押してないわよぉ?」


 妃華先輩はというと、後ろに座って石黒先輩の背中をぐいぐい押してる。

 その顔はにっこにこの笑顔で、すごく楽しそう。

 石黒先輩の声は苦しそうだけど、大丈夫なのかな。


「そのちょっとで痛……押すなって!? ギブギブギブギブ、ガチで無理っ!」


「もう、仕方ないなぁ」


 悲鳴に近い叫び声を聞いて、妃華先輩はやっと手を離した。

 体を起こした石黒先輩が、そのまま倒れるように寝転がる。

 さっきまで余裕そうだったのに、「あ゛~」と、疲れきった声を出した。


「大丈夫ですか……?」


「大丈夫だ……」


 まるでさっきまであった元気が、ゼロになっちゃったみたい。

 筋トレは得意そうだったのに、柔軟は苦手なのかな?


「りっちゃん、運動神経いいのに体堅いのよねぇ。もっと頑張らなくちゃ」


「ガチでしんどかったって! 妃ねぇのスパルター」


 妃華先輩は仕方ない、って感じで自分の柔軟運動を始めた。

 直線になるくらい足を開いて、体を前に倒して……苦しそうな仕草ひとつ見せずに、ぺたんと上半身全体を床につける。


「妃華先輩すご……!」


「すごいよね。体力測定の時、周りから悲鳴が上がってたよ」


 感心したように教えてくれる皇先輩は、自分のことじゃないのに得意そう。

 はっ、彼女さんがすごくて、嬉しいのかな!?


「先輩たち、すっごく仲良しですよね」


「かもね。妃華と律くん、幼馴染なんだって」


 台本を手に取りながら、皇先輩が教えてくれる。

 そしたら妃華先輩が身体を起こしてにっこり笑った。


「そうよー。家がお隣で、お母さん同士が仲良しなの」


「そうなんですか!?」


 妃華先輩も石黒先輩も、私を見てくすりと笑った。

 ちょっと、反応がおおげさすぎたかな?

 だって、お隣さんってすごいなと思って……。


「それで今は部活も同じって、すごいですね」


「りっちゃんに部員いないから入ってって頼まれたの。部活に入るつもりはなかったんだけど、りっちゃんとなら楽しいかなって」


「声劇部楽しいもんな! 妃ねぇの勘、大当たりっ!」


 なつかかしいわぁ、なんて言ってる妃華先輩に、春日井くんは明るい声で言う。

 そういえば、石黒先輩が声劇部を作ったんだっけ。

 一から部活を作るなんて、大変だったんだろうな。


「皇先輩は、どうして声劇部に入ったんですか?」


 つい気になって、一人で台本を読んでる皇先輩に聞いてみる。

 石黒先輩は声優さんになりたいから声劇部を作って、妃華先輩は誘われたから入部したんだよね。

 皇先輩は、どうして声劇部に入ったんだろう。


「僕?」


 顔を上げた皇先輩は、私を見てぱちぱちと目を瞬いた。

 それから考える素振りを見せると、少し口角を上げて微笑む。


「……好きな子に振り向いてもらうため、かな」


 いつもよりちょっと無邪気な笑顔もかっこよくて、ちょっとドキッとしちゃった。

 皇先輩なら、何もしなくても振り向いてもらえそう。


「そうなの? 可愛い理由ー!」


 と、妃華先輩が驚いたような声で言った。


「成果は、まだあんまりだけどね」


 妃華先輩はきらきらと目を輝かせて、興味津々って感じ。

 にこりと笑って返す皇先輩の声は、ちょっと残念そうに聞こえる。


「煌輝くん、好きな子いたのねぇ! 教えてくれたらよかったのにー」


 ……あれ? もしかしてこの二人、付き合ってない……?


「……うん、いつか話すよ」


 きゃっきゃとはしゃぐ妃華先輩に言われて、皇先輩は遠い目。


 うん、やっぱり付き合ってないかも。

 仲良しだしお似合いだから、勘違いしちゃったよ……。

 また早とちりしちゃって、恥ずかしい。


 「応援してるわね!」「ありがとう」なんて先輩たちが言い合ってると、パンパンと手を叩く音がした。


「いつまで喋ってんだお前らー。練習再開するぞ」


 いつの間にかすっかり元気になっていた石黒先輩が、大きな声をかける。

 休憩終わりの時間よりちょっと早い。

 でも話しているうちに、疲れはかなりマシになったかも。


「はい!」


 続きも頑張るぞ! って気持ちを外に出すみたいに、大きな声で返事をする。

 ひょいと立ち上がったら、石黒先輩が「やる気満々だな」って笑ってくれた。

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