第十三話 初めての基礎練習
放課後になってすぐ、春日井くんと一緒に部室へ向かう。
先輩たちはもう来てて、笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃい二人とも。ちゃんと迷わず来れて偉いわねぇ」
「でしょー!」
妃華先輩にほめられて、春日井くんは得意気に胸を張った。
だから、普通これるんだってば……。
「ゆりちゃん……は、来てないかぁ」
ぐるっと部室を見回した春日井くんは、残念そうに眉を下げた。
二組をのぞいてみても、友梨奈ちゃんはいなかったんだよね。
もしかしたら来てるかもなんて思ったけど、ダメみたい。
「次の舞台、本当に出ないつもりなのかしら?」
妃華先輩が困ったように言うと、石黒先輩がうーむと考え込む。
「どうだろうな……」
「あんな風に怒るのは初めてだから、全く読めないね」
初めてってことは……私が入部したせい、だよね。
みんなは、できなくてもいいって言ってくれた。
その言葉に甘えて、私は声劇部に入った。
けど……友梨奈ちゃんは、それが嫌だったのかな。
「……練習しよう!」
春日井くんが、しっかりした声で言った。
思ってることは、きっと私と同じ。
「私も、練習したいです」
私は、友梨奈ちゃんとも声劇がしたい。
友梨奈ちゃんが嫌なら、友梨奈ちゃんが嫌じゃないように上手くなりたい。
「コツとか気をつけることとか、いっぱい教えてください。上手くなりたいんです!」
先輩たちは私を見て、嬉しそうに笑ってくれた。
近づいてきた妃華先輩が、ぎゅっと手を握ってくる。
「……そうね、一緒に頑張りましょう! わたしがグレーテルで気を付けてたこと、教えるわ」
「ありがとうございます!」
優しい、けれど力強い声で言う妃華先輩は、すっごく心強い。
ちょっと、できるかななんて思えてきちゃうよ。
「律くん、今日から基礎練も再開しない? 発声が良くなるだけで、かなりよく聴こえるようになるから」
読んでた台本を机の上に置いて、皇先輩が提案する。
基礎練って、どんなのなんだろう。
演技の練習をしてるところしか見たことないから、全然想像がつかない。
「そうだな。台本の確認は後にしてくれ」
「はぁい」
おっとりした声で返事をすると、妃華先輩も台本を置いた。
かわいいキーホルダーの付いたカバンを開けて、何かに気づいたのか「あ」と声をあげた。
「聡美ちゃん、体操着は持ってきてる?」
「はい、今日は体育があったので」
私が答えたら、妃華先輩が「よかった」ってほっとしたように言う。
運動部の人は、体操着とか部活のユニフォームとかを着て練習してるみたい。
運動しそうなイメージはないけど、声劇部も体操着で活動するのかな?
「そういえば伝えてなかったな。基礎練は動きやすい服装でやるんだ。基本的に毎日やるから、なるべく持ってきておいてほしい」
「わかりました」
「聡美ちゃん、着替えに行きましょうか」
カバンを肩に掛けた妃華先輩が、私もランドセルを背負うようにうながしてくる。
言われるがままランドセルを背負って部室を出た。
体育の時は三組で男子、四組で女子が着替えるけど、部活だと更衣室を使うんだって。
女子更衣室はクラブ棟二階のちょうど真ん中くらいにあって、すぐについた。
更衣室の前に着くと、妃華先輩がコンコンとドアをノックする。
他の部活の人が使ってないか確認してるのかな。
「――どうぞ」
と、中からはっきりとした声がした。
あれ? この声、聞いたことがあるような……?
「失礼します……あら?」
何の疑いもなくドアを開けた妃華先輩が、目を丸くした。
中にいたのは小学部の体操着を着た女の子。
私たちを見て驚いた顔をするその子は――。
「友梨奈ちゃん!?」
友梨奈ちゃんは気まずさをごまかすみたいに、ぷいとそっぽを向いた。
教室にいなかったけど、クラブ棟に来てたんだね。
ってことは、部活に来てくれるのかな?
「どうしたの? 部活来きてくれる?」
妃華先輩も、私と同じことを思ったみたい。
期待して友梨奈ちゃんを見るけど――友梨奈ちゃんは冷たく、大きな声で言った。
「行くわけないじゃない!」
私と妃華先輩の間を無理やり通って、更衣室を出て行っちゃう。
その声も、すれ違う時に見た友梨奈ちゃんの横顔も、やっぱりどこか苦しそうな気がした。
私がじーっと、友梨奈ちゃんの背中を見てたからかな。
妃華先輩が、ぎゅっと手を握ってくれた。
「聡美ちゃんのせいじゃないわよ」
「……でも、私が下手だったから――」
「違うわ」
妃華先輩が私の言葉を切るように否定する。
きっぱりとした声に、ちょっとびっくりした。
「たまたま聡美ちゃんの入部がきっかけになっただけ。きっと、ずっと前から不満だったの」
妃華先輩の手の力が、強くなった。
表情も声も暗くて、重たい。
「友梨奈ちゃんは、もともと演劇をしてたんですって。演技が好きで、女優さんになりたくて。でも声劇に可能性を感じて――演劇部じゃなくて、声劇部に入部してくれたの」
声劇には、普通の劇とは違った魅力がある。と思う。
声に乗った情報が、何倍も大きいから。
友梨奈ちゃん
「なのにわたしたちがダメな先輩だから、先輩なのに自分より下手だから……辛くなっちゃったのかもしれないわ」
そんなことないですよ。
って言いたいのに、言葉がでなかった。
「楽しさが一番って言っても、やることはちゃんとやってきたし、誰も、手なんて抜いてなかったつもりよ。友梨奈ちゃんも楽しんでくれてると思ってたけど……ダメだったみたい」
――ごめんなさい。ダメな先輩で。
妃華先輩はそう言って、口角を釣り上げた。
いつもみたいな、ふんわりした笑みだけど……ちょっと違う。
「……妃華先輩は、優しくて……いい先輩だと思います」
少しでも、元気づけたくて。
優しく握ってくれた手を、ぎゅっと握り返した。
妃華先輩は、びっくりしたみたいに目を丸くして――それからその目を、きゅっと細めて笑ってくれた。
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