第十二話 私の、台本!

 私の初舞台、役はなんと……グレーテル。

 主役級の役なんて無理だよって、弱音を吐いちゃいそうになったけど。

 全部飲み込んで、頑張ってみることにしたの。


 主役以外の役だって大切だし、意外と他の役の方が難しいかったりするよ。

 ちょっと聡美ちゃんに似てるところがあるから、役を掴みやすいかも。

 ってみんなが安心させようとしてくれたし……何より、頑張るって決めたから。


「どんな役でも、せいいっぱい頑張ることには変わりないもんね……!」


 弱虫な私を封印して、そう思うことにしたの。

 私は、声劇がやってみたい。グレーテル役も、やってみたいと思える。

 だから、絶対大丈夫。


 そう思って、お昼休みも台本を読み込んでるんだ。

 私はまだ台本をもらってないから、春日井くんのを貸してもらってだけど……。


「そこは大きな声でって妃ねぇが言ってた気がする」


「わかった、ありがとう」


 台本を貸してくれるだけでありがたいのに、春日井くんも一緒に見てくれてるの。

 私の知らないコツとか気を付けることとか、いっぱい教えてくれるんだよ。


「失礼しまーす」


 あれこれ相談しながら台本を見てると、ドアの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 ひかえめだけどよく通る、優しい雰囲気の声。

 顔を向けると予想通り、妃華先輩が顔を覗かせていた。


「あれ、妃華先輩だ」


 春日井くんに知らせたのとほとんど同時に、妃華先輩もこっちを見た。

 私たちを見て、ほっとしたような笑顔になる。


「晴斗くん、聡美ちゃん! 今大丈夫?」


「「はい」」


 大きな声で返事をして、一緒に妃華先輩の方に向かう。

 わざわざお昼休みに小学部に来るなんて、何の用だろう?


「妃ねぇ、どうしたの?」


「こんにちは」


 廊下に出るなり、春日井くんは本題に入ろうとする。


「こんにちはぁ。突然ごめんなさいね、早めに渡した方がいいと思って……」


 挨拶をしてくれた妃華先輩が、持っていた物を私に渡してくる。

 数枚のコピー用紙を、ホチキスで留めたもの。

 縦書きでお話が書いてあるそれは――劇の、台本!


「台本ですか!?」


「そう! 聡美ちゃんの分、まだ渡してなかったでしょう?」


 しっかりと受け取った台本を、ぱらぱらとめくってみる。

 台本があるだけで、みんなと同じ部員! って感じがもっと強くなって……すっごく嬉しい!


「ありがとうございます!」


「いえいえー、聡美ちゃんと舞台に立てるの、楽しみにしてるわ!」


 そう言った妃華先輩がにこっと笑ってくれるから、ますます嬉しくなっちゃう!


「頑張ろうね、さとちゃん!」


「うん!」


 いっぱい読んで、いっぱい書き込んで、いっぱい練習頑張ろう。

 昨日の決意がもっと大きくなって、やる気十分だよ!

 ――なんて、思ってた時。


「きゃあぁぁぁっ!」


 突然、女の子たちの声が聞こえてきた。

 悲鳴だけど、なんだか嬉しそうな感じ。歓声っていうのかな?

 一人だけじゃなくて、何人分も。


「何!?」


 ケンカ……とかじゃないのはわかってても、びっくり。

 たまにこういうことがあるんだけど、廊下で聞いたのは初めてだよ……。


「あらあらぁー、来ちゃだめよって言ったのに」


 私は思わず耳を塞いじゃったけど、二人とも平気みたい。

 驚いてもなくて、呆れてるように見える。


「何の声なんですか?」


 苦笑してる妃華先輩は、そっと声のした方を指さした。

 廊下が通行止めになるくらいの人混み、その真ん中にいるのは背の高い、綺麗な金色の髪の人。

 水色の目を細めて、困ったように笑ってる――。


「す、皇先輩!?」


「そーそー。大変そうだよな」


 春日井くんはおでこの上に手を当てて、すっかり見物人気分。

 一体、何が起きてるんだろう……。


「仕方がないから、助けに行ってあげましょうか」


 ふっと息を吐いた妃華先輩が、ゆっくりと歩いていく。

 何をするのかはわからないまま、私たちもついていくことにした。


 人混みのすぐ近くまで来て、妃華先輩は立ち止まる。

 すっと小さく息を吸ってから、いつもより少し大きな声を出した。


「煌輝くん?」


「……妃華っ!」


 こっちに気づいた皇先輩が、ぱぁっと顔を輝かせた。

 さっきまでの困り顔なんて忘れたみたいに、嬉しそうな顔になる。


「大人気ねぇ?」


「僕は妃華一筋だけどね」


「あらー、ありがとう」


 皇先輩は人混みを抜けて、こっちまでやってきた。

 さっきまで全然通れそうになかったのに、妃華先輩を見て、みんな道を開けてくれたみたい。


「何しにきたの?」


「持って行った台本、修正前のだよ。完成版はこっち」


「そうだったの? ごめんなさい、ありがとう」


 いいながら皇先輩が、私に台本を渡してくれた。

 妃華先輩に来てもらって申し訳ないなって思ったのに、皇先輩にまで来てもらっちゃったみたい。

 皇先輩は優しく微笑んで、するりと妃華先輩の手を取った。


「妃華のためなら、これくらいお安い御用だよ」


 まっすぐに妃華先輩を見つめる皇先輩は、まるで本当に王子様みたい。

 周りの女の子たちが息を呑む音が聞こえた気がした。


「ありがとうー」


「つれないね」


 だけど妃華先輩は全く気にせず、さらりと短く言った。

 皇先輩は笑ってるけど、ちょっと残念そうな声。


「それじゃあ、わたしたちは戻るわね。二人とも忙しいのにありがとう」


「こちらこそ、わざわざ届けてくれてありがとうございました」


 妃華先輩は私たちの方を向いて、ひらひらと手を振ってくれる。


「また後でね。放課後会えるのを楽しみにしてるよ」


 皇先輩も微笑んで言って、二人で歩いて行っちゃった。

 ばらけていく女の子たちは、なんだかうっとりしてるみたい?

 ……もしかして。


「……皇先輩が囲まれてたのって、かっこいいから、とか?」


「そうだぞ?」


 春日井くんはあははっと笑って、楽観的に答えた。

 思いつきで言ってみたのに、本当にそうだったの!?


 確かに皇先輩は顔立ちが整ってて、かっこいい。

 姿勢とか話し方、声も綺麗で、王子様みたいだなって思ったけど……あんなに大人気なんて、知らなかったよ?


「煌輝先輩が小学部に来たら、大変なのはこっちだって、妃ねぇがいっつも怒ってるんだ」


「さっきも妃華先輩が何とかしてたもんね」


 いっつもってことは、何回もあったのかな?

 そういえば、始業式とか中学部と一緒になるような行事だと、こんな歓声が聞こえてくることがあったっけ。

 あれの原因も、全部皇先輩だったのかな……?


「中学部でも大人気みたいだけど、妃ねぇがいるから大騒ぎにはならないんだって!」


「妃華先輩、すごいんだね」


 皇先輩が王子様なら、妃華先輩はお姫様って感じ。

 皇先輩はするっとかっこいいこと言ってたし、もしかしたら妃華先輩と付き合ってたり――。

 ――付き合ってたり、するのかな!?

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