第十一話 楽しくするのは、ダメなのかな

 皇先輩は涼しい顔で落ち着いてるように見える。

 けどずっと浮かべてた笑みはなくて、無表情で春日井くんを見てた。


「何でですか!? ゆりちゃん帰っちゃう……」


 春日井くんは納得してないみたいだけど、一応足を止めた。


「帰せばいいよ。好きにさせてあげよう」


「どうしてそんなこと言うんですか?」


 落ち着いた声で言う皇先輩に、私が聞いちゃった。

 だって皇先輩の判断が、冷たく感じたから。


「友梨奈ちゃんの声、苦しそうに聞こえました。すぐに行ってあげたい……です」


 ちょっと自信がなくなってきて、私の言葉はしぼんじゃった。

 私が行って、何になるの? って、思っちゃったから。


「今行っても同じことを繰り返すだけ、と言いたいのか」


「そう」


 まるで私の心を読んだみたいに、石黒先輩が言った。

 友梨奈ちゃんは、私が下手だから怒ったんだ。

「下手でごめんね」なんて言ったって、許してもらえるわけないよね。


「ごめんねぇ、友梨奈ちゃんも悪い子じゃないのよ。ただ、ちょーっとこだわりが強いだけで……」


 妃華先輩が困ったような顔で言ってきた。

 その声は、とっても心配そう。


「はい、悪い子じゃないのは、よくわかります」


 確かに、言葉は強くてちくちくしてたけど……嫌みとかではなかった。

 多分友梨奈ちゃんは演技が大好きで、大好きだからこそ、真剣なんだ。

 真剣で、上手に素敵な劇にしたかったから、怒っちゃったんだよね。


「楽しく上手になるのって、無理ですか?」


 真面目に頑張ってる人がいるのに、下手でもいいから楽しみたいなんて、怒らせて当然。

 でも――私だって、下手なままでいいなんて思ってない。

 ちゃんと演技ができるようになりたいって、思ってるよ。


「……無理じゃない。できるに決まってる!」


 石黒先輩は沈んだ空気を持ち上げるみたいに明るく笑った。


「まだまだな俺が言うのも違うかもしれないが……。俺だって、始めよりは上手くなったんだぞ!」


「りっちゃん、最初はボロボロだったものねぇ」


 最初のことを思いだしてるみたいで、妃華先輩はくすりと笑う。


「それこそ、今の三波と変わらないくらいな。……いや、もっとひどかった気がする」


「ええ、嘘ですよね!」


 石黒先輩だって、最初は上手じゃなくてもおかしくないけど……私よりは上手だったと思うよ。

 だってさっきの私、ダメダメだったから。


「本当よ。りっちゃんはちょっと大げさすぎたのよね」


「仕方ないだろー、難しいんだよ」


「これで部活作りたいって言ったんだ……って、ちょっと引いたかな」


「おい」


 皇先輩は呆れた顔をしてるし、石黒先輩はちょっと不満そう。

 だけどどっちも、声はすごく楽しそう。

 今までの部活が、すっごく楽しかったんだろうなってわかる。


「緊張もしすぎだったしね。初めての本番なんて、台本落としたり僕のセリフ読んだり……」


「頼むから黙ってくれ。……皇にここまで言われるくらいだった俺がここまでできるようになったのは、まちがいなく楽しかったからだ」


 咳払いをした石黒先輩が私と春日井くんの方を向いた。

 その赤い目も明るい声も、優しい。


「妃ねぇと皇とこうして笑ったり、一緒に練習したりアドバイスし合うのが楽しかったから、より頑張ろうと思えたんだな」


「私も、一人じゃ声劇をやろうなんて思わなかったわ。みんなといるのが楽しかったから、ずっと続けてるの」


 笑い合ってる先輩たちは、とっても仲がよさそうに見える。

 仲良く楽しく頑張ったから、今があるのかな。

 私も、友梨奈ちゃんとこれくらい仲良くなりたいな。


「だから三波も、部活を楽しんでほしい。楽しみながら、一緒に上手くなろう」


 石黒先輩が、にこっと笑いかけてくれる。

 キラキラしてて眩しい笑顔が、ちょっと春日井くんに似てるなと思った。


「はい。私……友梨奈ちゃんとも仲良くなって、一緒に部活したいです」


「……おれも! おれもゆりちゃんと仲直りしたい! ……どうすればいいですか?」


 黙って聞いてた春日井くんが、絞り出すような声を出した。

 その顔はとっても険しくて……友梨奈ちゃんのことをなんとかしたいって、本気で思ってるのがわかる。

 私のせいで、春日井くんまで怒られちゃったもんね。


「練習しよう。友梨奈さんには、言葉より姿勢で示すべきだと思うよ」


 うすくほほえんだ皇先輩が、やわらかい声で言った。

 優しい声に、ほっとする。

 そうだね、練習しよう。練習して、上手くなろう。

 友梨奈ちゃんは、下手だって怒っちゃったんだから……私にできることは、少しでも上手になることだ。


「じゃあ、今日もこのメンバーで頑張るか! 俺も上手くなって、北条を驚かせてやる!」


「はーい!」


 みんないい返事。もちろん、私も。

 大きな声で言った石黒先輩が「それじゃあ」と言って、黒板の前に向かう。

 チョークを手に取ると、何かを書き始めた。


「……練習するにあたって、三波の配役を発表する!」


 カッカッカッと走ったチョークが書いた文字は、 今回の舞台での、私の配役。

 どんどん増えていく文字を追いかけるように、一文字一文字声に出してみる。


「三波の役……グレーテルぅぅぅ!?!?」


 それを見た私は、ここ数年で一番くらいの大声を出した。

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