第十話 今度は本当に険悪ムード?

 小学部の制服を来てて、歳は私と同じくらいに見える。

 青色のショートボブの髪を花の形のピンで留めてる、あずき色の目をした子。

 毛先がちょっとくるんとしてる、とっても可愛いおしゃれさんだ。


「は、はい! 今日入部届出してきました、三波みなみ聡美さとみです!」


 とっさに名乗ったけど、もしかしてこの子が友梨奈ちゃんかな?

 部員以外がいるのも不自然だし、きっとそうだよね。


「あのー、友梨奈ちゃん、ですか?」


「……そうだけど」


 女の子――友梨奈ちゃんは小さくうなずいて、こっちに近づいてきた。

 真っ直ぐに私を見て首をかしげる。


「あんたが新入部員?」


「う、うん、よろしくね」


 その言葉はちょっとトゲトゲしてて……なんとなく緊張しちゃう。

 キリッとしたあずき色の目が、じっとこっちを見つめてくる。

 友梨奈ちゃんは何も言わずに、持ってた台本を渡してきた。


「どうしたの……?」


「演じてみて。自分のやるとこ」


 友梨奈ちゃんは厳しい顔で腕を組んでて、何を考えてるのかはあんまりわからない。

 演じるって、急に言われても……。


「まだ役は決まってないの」


「じゃあ全部。最初から全部の役、やってみなさいよ」


「えぇぇ」


 どうしよう、すっごい無茶ぶり!

 やってみてって言われても、できるかな……?

 もう何回も聞いたし、昨日の部活でいっぱい読み込んだ。

 だから音読くらいならできるけど、演じるのは難しい。


「いいから。部員なんでしょ?」


「わ、わかった!」


 有無を言わさぬ迫力で、ついオッケーしちゃった。

 ど、どうしよう……。

 わかったって言ったのに、どうしたらいいのかわからない。


「さとちゃん頑張って……! 好きなようにやればいいんだよ!」


 心配してくれたのかな、春日井くんが囁いてきた。

 好きなように……そうだ、好きなようにだ。

 下手でもいいから、楽しく演じればいいんだよね。


『あっ、あるところに、貧しい家族がいました!』


 ちょっと声が裏返っちゃった。

 頑張れ私、落ち着いて……!

 

『このままじゃ、すぐに食べ……るものも、なくなってしまうわ』


 音読くらいならできるかもって思ったのに、無理。

 変に緊張しちゃって、途切れ途切れになっちゃう。

 けど、やめない。だって私、声劇好きだもん!


 演じてるとは言えない出来かもしれないけど、私なりに頑張った。

 昨日の春日井くんと同じように、全部のセリフを言って――。


『こうして、ヘンゼルとグレーテルは森の奥に入っていきました――』


 そうやって、春日井くんが昨日読んだとこまで読み終えて――ほっと、息をつく。

 息を止めてたわけじゃないのに、久しぶりに空気を吸うみたいな感覚。

 演技に必死で息が詰まってたことに、ようやく気がついた。


「……もういいわよ」


 冷たい声で言った友梨奈ちゃんが、台本を取り上げる。

 友梨奈ちゃんは鋭い目で私を見て――きっぱりと、言い張った。


「――ド下手」


「え……」


「あんた下手ねって言ってるの! やる気ある?」


 友梨奈ちゃんにきつく言われて、何も言えなくなっちゃった。

 やる気はあるけど、私が下手なのは本当だから。


「演劇って、みんなで一つの舞台を作りあげるのよ。一人の実力が全体のクオリティを左右するの。わかってる?」


「うん……」


 私が下手だと、みんなに迷惑がかかるよってことだよね。


「わかってるなら真面目にやりなさいよ。……真面目にやってそれなら、もっと最悪」


 友梨奈ちゃんははぁっと、大きなため息をついた。

 投げやりな声は、怒ってる。


「ゆりちゃん、そんな言い方しなくても――」


「ド下手は黙ってなさい。あんたもひどいわよ」


 春日井くんが声をかけると、冷たい視線がそっちに向いた。


「……うん。ごめん」


 春日井くんはしゅんとうつむいちゃった。

 謝る声には、明らかに元気がない。


「北条、一旦落ち着け!」


「部長だって雰囲気しかできてませんよね! 自覚あります!?」


 石黒先輩が止めようとすると、友梨奈ちゃんは今度はそっちを向いた。

 荒げた声には落ち着きがなくて――ちょっと、苦しそう。


「演技は伝えるものです。何も伝わって来ない演技なんて、声劇じゃなくて朗読なんじゃないですか!? そんなんでよく部長やれますよね!」


「落ち着けって! ここでは上手いかどうかは関係ない。本人にやりたいという気持ちがあるなら、尊重すべきだ」


 落ち着いた声色、真っ直ぐな目。

 きっと石黒先輩は真剣に、友梨奈ちゃんに気持ちを伝えてるんだ。

 だけど友梨奈ちゃんは納得できないみたいで――きっと石黒先輩を睨みつけた。


「だからってレベルが低すぎます! 下手でもいいとか、楽しかったらそれでいいとか言って、いつまでもこのままでいいんですか!?」


 大きな声で言われた石黒先輩は、ぐっと押し黙っちゃった。


「あのね、みんな最初はできなくて当たり前なのよ。これから上手になっていけば大丈夫だから」


「わかってます。でも一年本気で頑張って、まるで成長してないじゃないですか」


 友梨奈ちゃんはぐるりとみんなを見回すと、教室の隅に歩いていく。

 茶色いランドセルに、らんぼうに台本をつっこんだ。


「楽しかったらいいとか舐めたことばっかり言ってるからですよね。部活って、遊ぶところなんですか?」


 友梨奈ちゃんはランドセルを閉めて、みんなを順に見る。


「晴斗も、先輩たちもみーんなそう! 適当な理由で演技して楽しければそれでいいとか、ふざけてる。……そんなんだからうまくならないのよ」


 ランドセルを背負った友梨奈ちゃんは、また私の方に歩いてくる。

 私を押しのけて、ガラガラッとドアを開けた。


「私、今度の本番出ません。レベル低い演技する人だと思われたくないんで」


「待って――!」


「遊びばっかの部活も、当分来ませんから。では」


 一方的に言って、友梨奈ちゃんはそのまま出ていっちゃった。

 ぴしゃっとドアが閉まった音が、耳に残る。


「ゆりちゃん!」


 重くなった空気をかきわけるみたいに、春日井くんが走りだす。

 友梨奈ちゃんを追いかけようとしたのかな、閉まったばかりのドアに手をかける。


「行かない方がいいよ」


 そんな春日井くんを一言で止めたのは、皇先輩だった。

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