第九話 友梨奈ちゃんって、どんな子?
終わりのSHRが終わった後、私は急いで教卓まで向かった。
ちょっと緊張しながら、昨日書いた入部届を先生に渡す。
「三波さん、声劇部に入るんですね」
「はい」
先生は受け取った紙を見ると、すぐに嬉しそうな声を出す。
書き忘れがないかざっと確認して、「頑張ってください!」と言ってくれた。
「はい! 頑張ります!」
先生に挨拶をしてから、今度は春日井くんのところに。
「入部届、出せた?」
「うん、出せたよ」
春日井くんは私の答えを聞いて、嬉しそうに笑ってくれた。
これで私も、声劇部の部員。みんなの仲間。
それだけで、すっごく嬉しい!
「早速部活行こう」
「行こ行こ! 今日は二組寄って、ゆりちゃんも一緒に行こ!」
はしゃいでる春日井くんと一緒に廊下に出ても、今日は妃華先輩の姿は見当たらなかった。
「普段は妃ねぇじゃなくて、ゆりちゃんと一緒に行ってるんだ。ゆりちゃんがいない時は、代わりに来てくれるけど」
「そうだったんだね」
春日井くんはとても方向音痴で、一人じゃ部室に辿り着けないらしい。
だから普段の部活に行くときは、友梨奈ちゃんに案内してもらってたんだって。
春日井くんと一緒に、二組の教室を覗き込む。
「どう? 友梨奈ちゃん、いる?」
「……ううん。いなーい」
春日井くんは首を横に振って、そっと教室のドアを閉めた。
何でいないんだろう、一緒に行くんじゃなかったのかな。
「先に行っちゃったのかな?」
私が聞いても、答えは帰ってこない。
悲しそうな顔をした春日井くんは、ガクッとその場に膝をついちゃった。
「どうしよう、ゆりちゃんがいないと部室行けない……!」
春日井くんは終わった……って、絶望に満ちた顔をしてる。
学校の中だし、置いていかれたくらいでそんなに悩まなくてもいいんじゃないかな!?
「お、落ち着いて春日井くん、私がいるよ!」
なんとかはげまそうと声をかけたら、春日井くんがゆっくりと顔を上げる。
驚いて丸くなった目で、まっすぐに私を見てきた。
「さとちゃん、部室行けるの?」
「行けるよ!?」
すっごくおどろいてるみたいだけど、もちろん行けるよ。
クラブ棟の行き方くらいはわかってるし、声劇部の部室だって、もう三回も言ってるもん。
「もう道覚えたなんて、さとちゃんすごい! 救世主ー!」
「おおげさだよ……」
素早く立ち上がった春日井くんはキラキラ目を輝かせてるけど、さすがにおおげさすぎじゃないかな。
声が大きいから周りの注目も集めちゃって、恥ずかしい。
「ちゃんと行けるから、一緒に行こう」
「ありがとうさとちゃん……!」
とにかくここから離れたくて、早足で歩き始める。
春日井くんもすぐについてきてくれて、なんとか視線から逃げられた。
「さとちゃんがいなかったら一生たどりつけなかったよ、ありがとー!」
「おおげさだってば。どういたしまして」
友梨奈ちゃん、もう部室にいるのかな。
用事があって先に行くなら、春日井くんに一言かけてあげたらいいのにね。
「友梨奈ちゃんってどんな子なの?」
つい気になって聞いてみる。
もうすぐ会えると思うけど、楽しみで気になっちゃう。
「すっごく演技上手な子!」
春日井くんはすぐに、明るい声で答えてくれた。
演技、上手なんだ。しかもすっごく。
妃華先輩や皇先輩みたいに、登場人物が目の前にいるように思えちゃうのかな。
友梨奈ちゃんの声劇、聴いてみたいなあ。
「上手なだけじゃなくて、すっごく演技が大好きなんだ! 一生懸命で、おれはよく怒られるよ」
「怒られちゃうの?」
春日井くんはからから笑いながら言ってるけど、どんな子なんだろう。
友梨奈ちゃんの話をしながら、クラブ棟に入る。
一番奥まで行って、声劇部部室の前に着くと、春日井くんがほっとしたように息を吐いた。
「本当に来れた、さとちゃんすごい!」
「普通に来れるよ……」
すっごく感心してる春日井くんが、どんどん心配になってきた。
春日井くんがガラガラッと勢いよくドアを開けて、部室に入る。
私も「失礼します」と声をかけながら続いた。
「二人ともいらっしゃーい。ちゃんと来られてえらいわねぇ」
入ったとたん、妃華先輩がとってもほめてくれた。
なんだか低学年か、幼稚園児になった気分。
「妃華、ずっと心配してたんだよ。迎えに行った方がいいかなって」
その隣にいた皇先輩が、妃華先輩を見て苦笑した。
妃華先輩、優しいなとは思ってたけど……結構過保護なのかな。
「三波がいるから大丈夫だと信じていたぞ」
石黒先輩も豪快に笑ってて、改めて春日井くんは心配されてたんだなってわかる。
これからここに来る時は、絶対春日井くんを置いていかないようにしよう。
なんて、わいわい話してたら。
「――その子が新入部員?」
にぎやかな会話に切れ込みを入れるみたいに、はっきりとした厳しい声がした。
「え……?」
声のした方を見て、ちょっと目を丸くしちゃった。
気が付かなかったけど、黒板の前に――見知らぬ女の子が立っていたから。
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