第八話 声劇、やってみたい!

 ちゃんとランドセルを背負ってから、三人で一緒に部室へ。

 皇先輩も石黒先輩ももう来てて――私を見ると、嬉しそうに笑ってくれた。


「石黒先輩、みんなも……聞いてほしいことがあるんです」


 石黒先輩は薄く微笑んで、「どうした?」と聞いてくれる。

 緊張で、ひゅ、と、声にならなかった空気が喉を抜けた。


 でも、春日井くんの言葉やつないだ手の温度を思い出したら……落ち着いた。

 大丈夫。やりたいって気持ちがあれば――大丈夫!


「私、演技はまだできないし、頑張っても、中々上手くできないかもしれません。でも――」


 みんなの演技に、一瞬で引き込まれた。

 一生懸命で楽しそうなみんなが。声劇が、大好きになった。


「声劇、やってみたいです。入部してもいいですかっ!?」


 ありったけの想いを込めた、大きな声で言った。

 ……言った。言っちゃった。


「いい、ですか……?」


 石黒先輩は、なんだか厳しい顔で私を見てる。

 ……やっぱり、よくなかったかも?


「……そんなにかしこまらないでくれ。笑えてくる!」


 なんて思ってたら――だまってた石黒先輩が、ぷっと吹き出した。

 えええ、私、何か変なこと言ったかな!?


「そう不安がらなくてもいい。入部大歓迎だ!」


 石黒先輩が、ニカっと笑って言ってくれて。

 ふわっと、心が軽くなった気がした。


「最初は皆できないものだから。気にしなくていいよ」


 そしたら皇先輩も、優しく言ってくれた。

 ちらっと、隣の春日井くんと妃華先輩の様子をうかがってみる。


「聡美ちゃんと一緒に部活できたら、わたしも嬉しいわ」


「おれも! さとちゃんと一緒にやりたい!」


 春日井くんも、妃華先輩も。

 みんな優しくて、あったかい声。


 じんわり心に広がった温もりが、緊張も不安も溶かしてくれる。

 ほっとして、自然と笑みがこぼれちゃう。


「部員が増えるのは嬉しいなー! 久しぶりだし」


 石黒先輩は嬉しそうに言ってから、部室の後ろの方に歩いていく。

 ロッカーをごそごそと漁って、何かプリントみたいなものを持ってきた。


 戻ってきた石黒先輩が渡してきたのは……入部届!


「帰ったらそれを書いて、明日担任に渡してくれ」


「はい! ありがとうございます!」


 私はそれを、両手でしっかりと受け取った。

 ますます口角が上がっちゃうし、弾んだ声にも、嬉しいって気持ちが出ちゃってる気がするよ。


「早速、今日は三波も一緒に練習するか?」


「え、いいんですか?」


 笑って聞いてくれる石黒先輩に、つい聞き返しちゃった。

 帰ってきたのは「もちろんだ」って、優しい声。


 そうだよね。だって私――部員になったんだもん。

 私も一緒に部活できるんだ。

 あらためて実感して、ますます嬉しくなっちゃう。


「いきなりは難しいだろうし……台本の確認か基礎練かな?」


 小さく首をかしげた皇先輩が言う。

 妃華先輩も少し考え込んでから、「そうねぇー」と優しい声を出した。


「台本の確認にしましょうか。今度の本番で、聡美ちゃんが何の役をするか決めないといけないし」


「え……、私も出るんですか!?」


 驚いて聞き返すと、妃華先輩は当然のように頷いた。

 春日井くんや他の先輩たちも、当たり前みたいな顔をしてる。


「来月末、市民ホールでこれをやらせてもらうんだ。朗読会みたいな感じ……って言ったら、想像つくかな?」


「え、えっと……さっき春日井くんがやってくれたみたいな感じかな?」


「そうだなー。もっと大きい会場だけど!」


 みんなは何したのって不思議そうだけど、春日井くんはさらっと答えてくれた。


 市民ホールって、小さな市なのに会場は映画館みたいに大きくて……ええ、あそこに出るの!?


「二カ月弱あるし、丁度いいんじゃないか? 三波のデビュー舞台だな!」


「えぇぇぇ!」


 演技がしたいとは言ったけど、さっそく本番だなんて!


「大丈夫大丈夫、そんなに心配しないで!」


 春日井くんまで、「さとちゃんと一緒に本番ー!」って、嬉しそうにしてる。

 私もみんなと一緒に声劇ができるのは嬉しいけど……大きな舞台に立つことを想像したら、怖くなってきちゃったよ。


「できなくても構わない、と言っただろ?観客だってそこまでは多くない――はずだ、文句を言ってきたりもしない。気にするな」


 石黒先輩、そこは断言してほしかったです……。


「そう、完璧にする必要なんてないんだよ。できないのは、僕たちだって同じだしね」


 皇先輩は相変わらずほほえんでるけど、嘘だよね!?

 あなた、すっごくできてますけど?


 なーんて、心の中でツッコんで……あれ、何でだろう。

 私、あんまり怖がってないかも?


「やりたいという気持ちがあれば、何でもできるんだぞ!」


「これは、りっちゃんが好きなアニメの名言なんだってぇ」


 力強く励ましてくれる石黒先輩、春日井くんと同じこと言ってるよ。

 妃華先輩はにこにこ笑って、おもしろおかしく教えてくれる。


 うん、やっぱり、あんまり怖くない。

 心強くておもしろいみんなと一緒だからかな。


「……とにかく! 下手でも、失敗しても構わない。ただ、三波が楽しくやってくれたらそれでいいから」


 教室で、下手でも頑張ってみたいって、決めたところ。

 いきなりの本番でも、頑張るだけだよね!


「はい、わかりました!」


 さっきまで無理だよ、って思ってたけど……今度はするっと、返事ができた。


「ありがとうー。これで私も、一つの役に集中できるわ」


 私の返事を聞いて、妃華先輩がほっとしたように言う。

 妃華先輩は三役もやってて、ちゃんと声色も変えてたんだよね。

 ……って、あれ?


「……妃華先輩、三役やってましたよね? 私がいても、妃華先輩は二役になるんじゃ……?」


 妃華先輩はグレーテル役、お母さん役、魔女役を全部やってた気がする。

 私がどれかを引き受けるとしても、あと一人足りないんじゃないかな。


「私は二役しかやってないわよー? 魔女役は代理なの」


「代理?」


 私が首を傾げると、妃華先輩は少し目を丸くした。

 みんなも「そういえば言ってなかったっけー」なんて言ってる。


「部員は僕たちだけじゃなくて、あと一人いるんだ」


 皇先輩が教えてくれて、びっくりしちゃった。

 このみんなで完結してる感じがしたけど、まだ部員さんがいたんだね。


友梨奈ゆりなちゃんっていうの。最近はお休みしてたんだけど、明日は来られると思うわ」


 もう一人の部員さんは、友梨奈ちゃんって言うんだ。

 どんな子なのかなって、すごく気になっちゃう。


「今日も来られると思ってたんだけど、来てないわねぇ?」


北条ほうじょうも小学部の五年、三波と同い年だな。確か二組だったか……」


 隣のクラスの北条ほうじょう友梨奈ゆりなちゃん、か。

 聞いたことないけど、どんな子なんだろう。

 友梨奈ちゃんとも仲良くなりたいなって、明日の部活が、ますます楽しみになっちゃった。

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