第六話 やりたいって気持ちに

 朝のSHRが終わって五分休憩になっても、一時間目の終わりも、二時間目の終わりも、春日井くんは話しかけてくれなかった。

 だからといって他の子に話しかけるわけじゃなくて――ずっと自分の席に座って、真剣な顔で台本を読んでたの。


 今も終わりのSHR中なのに、先生の話も聞かないで台本を見てる。

 ……それくらい本気で、頑張ってるんだよね。


 やっぱり、入部しなくてよかった。

 演技もできないのに入部しちゃったら……春日井くんの努力を、台無しにしてたかもしれないから。


「――起立」


 先生の合図で、みんなが一斉に立ち上がる。


「礼!」


「「「ありがとうございました!!」」」


 礼をして顔を上げたら、一気に放課後モード。

 すぐにランドセルを持って教室を出て行こうとする子もいれば、友達に話しかけにいく子もいたり。

 そんな中で春日井くんは――。


「みんなー! 暇ならちょっと聞いてくれ! あ、予定ある子は帰っていいぞ!」


 大きな声で、教室中にそう呼びかけた。


「今、とある子に言いたいことがあって……せっかくなので、みんなにも聞いてほしい!」


 駆け足で黒板の前まで行って――ダンッと音を立てて、台本を教卓に置く。

 顔を上げた春日井くんは、まっすぐに私を見て言った。

 “とある子”って、私のことだよね……?


「初めてのこととか、苦手なことに挑戦するのって、怖いと思う! でも――」


 そこまで行った春日井くんは、難しい顔で下を向いちゃった。

 うーん、って考え込む声は、なんだろう……悩んでる?


「……言いたいことがありすぎて、何から話せばいいのかわかんないや!」


 って、わからないの!?

 みんな、ずこーって苦笑い。

 だけどけろっと笑う春日井くんに釣られて、みんなも笑顔になった。


「えーと、知ってる人もいるかもしれないけど、おれは声劇部に入ってます!」


 いったい何が始まるんだろうって、みんな興味津々。

 春日井くんは帰ってもいいって言ってたけど、誰も教室を出ようとしない。

 むしろ笑い声を聞いて、他のクラスの子が覗いてたり。


「毎日みんなで練習して、頑張ってるんだけど――」


 そこまで言った春日井くんは、ちょっと眉を下げてから――恥ずかしそうに笑った。


「実はおれ、全然演技できません!」


 予想外のカミングアウトに、どっとみんなが笑いだす。

「マジかよー」「劇する部活でしょー?」って、色んな言葉が飛び交った。


「正直、おれの演技はひどいです!」


 ひどいって言葉と春日井くんの自信満々な言い方が合ってなくて、みんなまた笑う。

 全然、そんなことなかったけどな。


「何回も練習しないとすらすら読めないないし、気持ちを込めるとか無理! 難しい!」


 できないことの話なのに、全然悲しそうでも、嫌そうでもなくて――いつもの明るい笑顔で、しゃべってる。

 堂々としてて、何でもできちゃいそうに見える。


「そんなんで部活やれてんのかー?」


「演技はやれない! だから、今はナレーションをやってます」


 一番前に座ってた子からの野次に、春日井くんはさらっと答えた。


「先輩たちは下手でもいいよ、挑戦してみようって言ってくれるけど……おれはナレーションをやりたいから、ずっとやらせてもらってます!」


 春日井くんがどうしてナレーションにこだわるのかはわからないけど……昨日すっごく上手だったし、向いてるんじゃないかな。


「入部した時はこんなに声も大きくなかったし、はきはきしゃべれませんでした。バカだから読めない漢字いっぱいあるし!」


 噛む、引っかかる、間違える、ダメダメだよね……って、自分の失敗を並べていく春日井くん。

 だけど面白おかしく話してて、やっぱり気にしてるようには見えない。


「最初は何もできなかったけど、ナレーションやってみたくて、いっぱいアドバイスもらって練習して……少しずつ、できるようになってきました!」


 ダメダメな春日井くんなんて、全然想像つかないけど。

 もう気にしないくらい、全部乗り越えたってことかな。


「……いいなぁ」


 ふっと口から小さく、そんなつぶやきがもれた。

 私も乗り越えられたらいいのに、なんて。

 春日井くんみたいに、堂々していられたらいいのに、なんて。


「そんなわけで今練習してる劇の最初、やります! 下手だけど、よかったら聴いてください!」


 そう言った春日井くんは、台本を手に取った。


「……よし」


 すーっと息を吸って、小さな声でつぶやいてる。

 その声は、緊張してるように聞こえて――遠くに感じてた春日井くんが、ぐっと近づいた気がした。

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