第四話 声劇って、とってもすごい!

 ……すごい。やっぱりすごい。

 声劇って、とってもすごいよ……!


 お話は、ヘンゼルとグレーテル。

 内容は絵本と同じだけど、ところどころアレンジされててすごく面白い。

 でも、何よりすごいのはお話じゃなくて――みんなの演技。


『あんなところに、家が!』


『あれ、お菓子でできてる!』


 みんな同じ声のはずなのに、全然違う。

 声色が違ってたり、声に感情が乗っていて――やっぱり、本当に登場人物本人みたい!


 特に妃華先輩と皇先輩なんて、別人みたいだよ。

 演技なのに。本当は誰も怒ってない、誰も悲しんでない、誰も喜んでない。

 なのにまるで本当にそう感じてるかのように、声に感情が乗ってるの。


 だから昨日、私は二人が喧嘩してると思ったのかも。

 二人の声には、本物の感情が乗ってるから。


「……律くん、そこもうちょっと抑えた方がいいかも」


 ふっとろうそくの火が消えるみたいに、皇先輩がお父さん役から皇先輩に戻った。

 熱がこもった声なんて嘘みたいに、落ち着いた涼しい声。


「確かに、その方が後のセリフのインパクトが出るな」


 釣られるみたいに、石黒先輩もヘンゼルから石黒先輩に戻る。

 ふむふむと頷いてから、台本にボールペンで何か書いてるみたい。


「ああやってお互いにアドバイスして、もっといい演技ができるようにするのよ」


 隣に座ってる妃華先輩が、ひそひそと囁いて教えてくれる。

 練習はただ合わせるだけじゃなくて、そのためにあるんだね。

 石黒先輩の声かけで、また練習が再開する。


 中断したとこの少し前から始まったんだけど……確かに、よくなってるかも!

 演技が上手なだけじゃなくて、こんなことにも気づけちゃうなんて、皇先輩ってすごい。


 しばらく進んで、気になったことがあれば止まる。

 台本にメモをして、またお話が進む。

 現実と劇の世界を行ったり来たりしながら、昨日の倍くらいの時間でお話が終わった。


「――……さとちゃん、どうだった!?」


 じーんと頭の中に広がる余韻を、みんなが楽しんでた中。

 数秒待ってから、昨日と同じように春日井くんがこっちを見た。


「……すごかった……」


 まだ上手く働かない頭に浮かんだことを、ぽつりと口に出してみる。

 昨日言えなかったことを、伝えないと。

 私のこの胸の高鳴りを、みんなの劇がとっても素敵だったことを、伝えたい。


「春日井くんの声ははきはきしてて聴きやすくて、とにかく劇が楽しいんだって伝わってきて……石黒先輩は全然イメージと違ってびっくりしたし、劇に対する熱意とかやる気とか、いいものにしたい! って気持ちが伝わってきました」


 みんなの声から感じたことをどうにか言葉にして、少しずつ外に出していく。

 春日井くんも石黒先輩も、嬉しそうに笑ってくれた。


「妃華先輩と皇先輩はとにかく演技が上手で、声に感情が乗ってて――本当に、目の前に登場人物がいるみたいでした。妃華先輩なんて、一人で三役もやってるのに……ちゃんと気持ちが切り替わってて、別人みたいで……!」


「ありがとうー。ちょっと恥ずかしいわね」


 妃華先輩は頬に手を当てて笑いながら、皇先輩と顔を見合わせる。

 皇先輩も笑ってくれてて、こっちが嬉しくなっちゃうよ。 


「私、みんなの声劇が大好きです。もっといっぱい聴きたい、練習じゃなくて、本番も聴きたいって思ってます。でも――」


 まだ出会ったばっかりだけど、もう……声劇が、みんなの演技が、声劇部が好き。

 だけど、だからこそ――。


「……入部は、できません」


 やっぱり、入部は無理だ。


「何で?」


 春日井くんが、ちょっと悲しそうに眉を下げて聞いてくる。

 短い声も、寂しそう。


「私、演技できないから。足引っ張っちゃうし……みんなの劇のよさを、潰しちゃう」


 演技なんて、簡単にできるものじゃないよね。

 みんなみたいに上手にできないのは勿論、ちゃんとセリフが言えるかも怪しいよ。

 私が入ったら、みんなが作り上げた素敵な世界を台無しにしちゃう。


「すごく素敵でいい部活だと思います。だからこそ……私は、この部活には入れません」


 届かないな、と思った。

 みんな一生懸命で、色々工夫したり努力したりしてて。

 その結果、素敵な演技で素敵な世界を作ってる。

 ただの練習なのに、同じ教室、同じ高さにいるのに――まるで、みんなが舞台の上にいるみたいだった。

 首が痛くなるくらい見上げてやっと、顔が見える。そんな気分。


「大丈夫だぞ、上手くなくたって――」


「無理だよっ!」


 優しい言葉をかけてくれようとした。

 なのに私はそれを拒否するみたいに声をあげた。


 耳の奥で直接響く私の声が――痛い。

 棘のある言葉が、ちくちくと耳を刺してくる。


「上手い下手じゃない、演技なんてできないの! 春日井くんには、わかんないと思うけど!」


 言ってから、はっとした。

 もっと強く、ちくちく刺さる言葉を言っちゃった。

 みんなの顔が、見れない。

 きっと悲しい顔か、怒った顔してるよね。


「さとちゃ――」


「――すみません、帰ります。ありがとうございました……」


 立ち上がって、ランドセルを背負う。

 勢いよく礼をしてから、部室を飛び出した。

 クラブ棟の廊下をがむしゃらに走りながら、両手で耳を塞ぐ。


 みんなが心配そうに、私の名前を呼ぶ声が聞こえたから。

 聞きたくなくて、耳を塞いだ。


 せっかく、みんな楽しそうだったのに。

 みんなは、私に気を遣ってくれたのに。

 私のせいで、こんなことになっちゃった。


 やっぱり私には――部活なんて、声劇部なんて無理だよ。

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