第二話 声劇部へようこそ!

 え、演技……?

 私が首をかしげると、お姉さんが持っているコピー用紙を見せてくれた。


『母:やめて、そんなのひどすぎるわ……!


 父:仕方ないだろう、今の状況をわかっているのか!?』


 縦書きで印刷されているのは――さっき聞こえた言葉。

 もしかして、劇か何かのセリフだったってこと!?

 気づいた途端、かあっと顔が熱くなる。


「……す、すみません、勘違いしてました!」


 慌てて大きな声で謝って、頭を下げる。

 シーンと、室内が静かになった。

 誰も何も言わない。そんな時間が数秒続いて。


 ――あははははっ!


 沈黙を破るように、大きな笑い声が響いた。

 ははは、ふふっ、と、続けて他の笑い声も重なる。


「可愛い勘違いねぇ。それくらい、煌輝こうきくんの演技が上手だったってことかしら?」


「いや、妃華ひめかが上手かったんだよ。」


 美男美女な中学生二人が、にこにこと笑って褒め合ってる。

 さっきの声は、この二人のだったのかな。

 言われてみれば似てるけど……全然雰囲気が違う。


「お恥ずかしいです……すみません」


「そんなに謝らないで! 聡美さとみちゃんは悪くないよ」


 一番大きく笑った声が、励ますように言ってきた。

 ありがたい言葉だけど……今、“聡美ちゃん”って言ったよね?


 私の名前は三波みなみ聡美さとみ

 どうして私の名前、知ってるの?

 不思議に思いながら声の主を見ると――小学部の制服を着た男の子と、目が合った。


 元気よく跳ねた赤い髪と、新緑みたいな緑色の瞳の、元気そうな子。

 見たことある。っていうより、同じクラスの子だ。

 いつも楽しそうで声が大きい、よく目立つ男の子。名前は確か――


「えぇっと……春日井かすがい、くん?」


「そう! 春日井かすがい晴斗はると!」


 私の自信がないことに気づいたみたいで、春日井くんは胸を張って名乗ってくれた。


「春日井くん、演劇部だったんだね」


 春日井くんが演劇部に入ってるのは、ちょっと意外だった。

 小学生で部活に入ってる子はあんまり多くないから、入ってないと思ってたし。

 何よりいつも元気で体育の時間も大活躍だから、運動部っぽい。


「演劇部? おれ、演劇部じゃないよ?」


「そうなの? 今、演技してたって……」


 演技してたって言ったよね? 演劇部じゃないの?

 私の戸惑ってる様子を見て、みんなは楽しそうに顔を見合わせた。


「確かに演技はしていた。 ただ、演技をする部活は、演劇部だけじゃないということだ」


 ずっと黙っていた中学生が、ニカっと笑って言う。

 春日井くんも嬉しそうに、大きな声で言った。


「ここは声劇部せいげきぶ! 声だけで演技をする部活なんだ!」


「声劇……部?」


 “声”で“劇”をするから“声劇”ってことかな。

 初めて聞いたけど、どんな感じなんだろう。


「“声劇”というのは、簡単に言うと映像や動きなし、声と音のみの劇のことだ。……といっても、あまり馴染みがないよな」


 丁寧に説明してくれた人が、よいしょと立ち上がった。

 少し長めの黒髪を揺らして、こっちに歩いてくる。

 赤い瞳が、私より頭一つ分高いところから見下ろしてきた。


 その人は持っていたコピー用紙の束をくるくるっと丸めて、マイクのような持ち方で顔に近づけた。


「俺は声劇部部長、石黒いしぐろりつ。 将来の夢は声優で、声の演技をするためにこの部を作った!」


 その人――石黒先輩? は筒状になった紙の先を、私の方に向けてきた。

 それからはきはきとした、大きな声で言う。


「単刀直入に聞こう、声劇に興味はないか?」


 興味はないか、と聞かれても……よくわからないよ。

 私が答えに困ってたら、石黒先輩が距離を詰めてきた。


「声劇は楽しいぞ! 動きが伴わない分、声の表現の幅が広がるんだ。たくさん練習するから達成感も得られる! そうだお前、アニメは好きか? アニメは声の演技を映像に合わせているんだが――」


「えぇぇ……」


 すらすらと説明してくれる石黒先輩は、とっても楽しそう。

 明るい声から、部活のことが大好きだって伝わってくる。

 素敵なことだし、お話を聞くのはいいんだけど……ちょっと近すぎないかな!?


「はぁーいりっちゃん、ちょっと落ち着こうねー?」


 穏やかな声で言ったのは、さっきのお姉さんだった。

 いつの間にかすぐ近くまで来ていたお姉さんは、石黒先輩のえりをつかんで遠ざけてくれる。


「ごめんなさいねぇ。この子、熱くなるとぐいぐいいっちゃうの」


「は、はい、大丈夫です」


 にこにこと笑ったお姉さんが、眉を下げて謝った。

 確かにびっくりしたけど、あんなに夢中になれちゃうのって、とっても素敵なことだよね。


「りっちゃんの話は置いといて、と。折角だから、見学していかない?」


「見学……?」


 私が首を傾げたら、春日井くんが「いいな!」と大きな声で賛同する。


「見学してほしい! 聡美ちゃんにおれたちの劇見てもらいたいし、気に入って入部してくれたら嬉しいし!」


 見学。それって、みんなの劇を見せてもらうってことだよね。

 ちょっと……ううん、かなり見たいかも。

 私がうなずくと、春日井くんも石黒先輩も、嬉しそうに笑った。


「決まりだな、じゃあ練習再開だ。続きから通すぞー」


「今は“ヘンゼルとグレーテル”をやってるんだ。どんな話か知ってるよね?」


 促されるまま、みんなの輪に加わるように座る。

 全員が座ったら、しんと静かになった。

 数秒、無言の時間が続いて。


『大丈夫。僕にまかせて、いい考えがある』


 石黒先輩が、声を出した。

 それは確かに石黒先輩の声だけど――まるで、違う人みたい。

 石黒先輩の喋り方はきはきしてて、強気な印象だった。

 でも今の石黒先輩の喋り方は、柔らかくて……ちょっと弱気。


『……わかった』


 お姉さんが喋って、また石黒先輩が喋る。

 お兄さんが喋って、春日井くんが喋る。


 なのにみんな、別人みたいなの。

 微妙に声色が違ってたり――声と一緒に耳に入ってくる気持ちが、違ってた。


 声だけなのに、キャラクターがどんな動きをしてるかわかる。

 声だけなのに、キャラクターがどんな世界で生きてるのかが……わかる。


 すごい、すごいよ! 声劇って、すごい……!


 劇を楽しんでたら、お話はあっという間に終わっちゃった。

 

「――ふぅ……どうだった……?」


 石黒先輩が最後のセリフを言って、しばらく余韻を噛み締めた後――春日井くんが、私の様子を伺ってきた。


 とっても、よかった。

 すごかった。かっこよかった。面白かった。

 そんな感想、いくらでも浮かんできた。

 だけどその全部が、声にはならなくて――。


「……あっ明日も……来てもいいですか!?」


 心から、そうお願いしてた。

 感想じゃない。入部します、でもない。何回も見学に来るなんて迷惑かもしれない。

 なのに。


「大歓迎!!」


 みんなはそう言って、ニコッと笑ってくれたんだ。

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