第3話 上


 見上げた迷宮は野球場ほどの大きさで、煉瓦で出来た先細りの塔のような見た目をしている。あまり大きくはないが、中は異空間となっているのか、外観からは想像出来ないほど広い。高さだけは随分とあるが、流石に雲よりは高くないだろう。


 根元に建てられた(相対的に)小さな建物は市役所の迷宮版のようなもので、迷宮省の管轄にある冒険者の互助会だ。中に入るには専用の端末に冒険者証をかざす必要があるのだが、朝ならともかく昼間の時間帯ならいつも空いている。


 俗は一瞬だけ後ろを振り返ったが、どうやら鬼の娘は本当に冒険者として認められているらしく、彼に付いて後ろから冒険者証をかざしてついてきていた。

 俗は唾を吐くのを我慢して、先をずんずん歩いていく。


 中は大理石を基調としたホテルのロビーの様で、入り口から向かって左側には受付兼買取センターが。右側には迷宮内に居る特定の異形や動植物から採取できる物品の依頼書が張り出されたボードが壁に並んでいる。


 今回に関しては小手調べのようなもので、特に依頼をこなすつもりはなかったのだが、鬼の娘は勝手に何かを依頼板から剥がして受付に持って行っていた。


 例の通り俗はソロを強要されているし、何より鬼娘を待つのが煩わしかったため、例の通り彼女を置いて奥へ進む。


 最奥には壁があらず、直接迷宮の中へ入れるようになっていた。

 古代ギリシャの建造物みたくいくつも枝分かれした入り口を潜れば、薄暗いトンネルに続いている。

 壁には松明が固定されているけれど、消えている所をみた事がないので、きっと役所が設置したものではなく迷宮の一部なのだろう。


 十数歩歩くとすぐに淡く光った地面が見える。そこには白い幾何学模様の描かれた台座があった。

 慣れたようにそこへ乗ると、俗の姿は模様から出る光が強くなったと同時に少しの残像を残して消滅した。


 次の瞬間、俗の目の前に現れたのは先ほどまで歩いていた街。

 寸分とは言わぬが、それでも見知った建物が見つけられるくらいには酷似した、迷宮街が広がっていた。


 当然似せているのは迷宮の中の方であり、一説によれば迷宮が出現する際に近辺の地形を取り込んでしまったのだとかなんとか。とはいえ上の階層は普通に洞窟だったり草原だったりするので、この階層だけがおかしいのだろう。


「置いて行くことないじゃない」

 

 何度見てもおかしな空間だと、物思いにふけっていた俗の後ろから声がかかった。


「俺が置いて行ったんじゃない。お前が置いて行かれただけだ」


「戯言ね」と鬼娘は冷たい言葉を返し、俗の先へ歩く。今度は置いて行かれないように。或いは自分が先導してやるとばかりに。

 

 そこで初めて彼女の全体像を見た俗は、いつの間にか鬼娘の腰に細身の長剣が下げられているという事を発見した。

 先ほど突きつけられたナイフとは別物である。

 

「それと、そろそろ「お前」って言うの止めてくれるかしら」

「……お前が名乗らないからだろ」


 俗がもう一度これ見よがしにお前と呼ぶと、彼女はムスッとした顔で。いや、例のごとく振り返らなかったが。それでも絶対に不機嫌な顔をしていると思わせる声色で返す。


「無いわよ、名前なんて」


 それがどういう意味だったのかは俗にも分からなかったけれど、少しだけ罪悪感が芽生えた。


「馬鹿が、お前なんてお前で十分だ」


 しかしそう宣って見せたのは、ある種罪悪感の裏返しである。

 だが、彼女はそれをまるで無視して、歩く速度をあげた。


 身長こそ俗の方が高いが、彼女はスタイルが良かったのでその速度もそれなりだ。


「分かったって、じゃあレイでどうだ」


 すると鬼の娘は自らの体を腕で抱き、振り返る。その顔には侮蔑の表情が貼り付けられていた。


「いや悪くはないだろ。冷たいからレイ。覚えやすくて寧ろ良い」


 俗自身それ以上彼女の名前なんかを話し合うつもりも無かったのか、そのまま速度を緩めた少女を抜かして前へ出る。


「……まあ、いいわ。変に凝った名前で呼ばれるより」


 しかし鬼娘改めレイの呟きは、先を走っていた俗には届かなかった。


 彼はどんどんと歩く速度をあげる。それは徐々に小走りとなり、ついには全力疾走で。速度もそのままに引き抜いた片手半の剣で民家の影に居た小さな生き物を叩き潰した。それはもう、原型すら残らないだろうといった勢いで。


「喋っている途中でしょ」


 本来ならレイに対し、どこに人がいるって? と突っかるシチュエーションだったが。土煙から現れた俗は所謂死骸の首根っこを掴み自慢気に掲げると、彼女に振り返って宣言をする。


「見ろ! ガーゴイルだ!!」


 俗が持っていたのは毛を全て引っこ抜かれて濃い灰色になったナマケモノとでも呼ぶべき生き物で、背中からは蝙蝠の様な羽が生えている。サイズは頭からつま先までで120センチに満たない程。体は飛ぶためなのか、ガリガリに痩せて腰の骨まで浮き出ている。


 なんとも言い難い気色悪めな見た目をしているが、普段ならもう少し深層にまで行かないと見られない種類の異形だった筈だ。

 

 珍しく楽しそうにする俗だが、反対にレイは腹でも減ってここまで来たのだろうか? と、難しい顔をしていた。


「俊敏も物攻も強いのね。物理アタッカーかしら?」

「残念、こう見えて魔法も使える」

「それなら防御力はさぞや味噌カスなのでしょうね」 


 迷宮出現以降に身体能力を含めた計七つの項目を数値として見る手段が発明された。

 特徴として数値の合計は全人類平等に四十で固定されており、また能力の各数値は後天的に殆ど上下しない。


分かりにくければ、最初に測定した時点で今後一生変化しない体力測定の結果だと考えて貰えれば遠くはないだろう。


一応、筋肉トレーニングや走行フォームの改善などで変化する数値もあるのだけれど、代わりに他の能力値が減るため結果的に数値の全体量はどうやっても増えないと考えられている。


―――まあ、そんな小難しい話はさておき。


 俗はバスタードソードと言われる半剣で、ガーゴイルの頭をたたき割った。頭の頂上にある頭蓋骨を丁度かすめたくらいだ。

当然頭の中からはブヨブヨの小さな脳みそが現れるので、彼はソレを引き抜き脳みそを千切っては地面に捨てていく。


 暫くすると紫色に怪しく光る水晶の原石みたいな結晶が現れた。

 俗はそれをポケットへと押し込み、残ったガーゴイルの死体に蹴りを入れて端っこにどかした。


「……合理的なのでしょうけど、躊躇しないわね」

「亜人も純人も滅ぼすと言っておいて、今更可愛い子ぶってんじゃねぇぞ」

「もう少し遺体を丁重に扱ってもいいと思っただけよ」


頭を割るのは結晶を取り出す為。それ以外を捨てたのはそれ以外が大した換金素材にならないから。端っこに寄せたのは次に通る人間の邪魔にならないように。

 それら一連の流れを倫理観を抜きに行うと、どうしても先ほどのような光景が繰り広げられてしまうのだ。


 とはいえ異形の死体を端っこに寄せるという事について、真なる目的は「死体をあさりに来たスカベンジャー的な異形が道を塞がないように」と表現した方が正しかった。


そうして一連の作業を終えた二人は、次の異形が現れたら隣の奴よりも早く襲い掛からんといった様子で再び先を競い歩き始めた。

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ダンジョンを踏破したら、政府が俺を潰しに来るらしい。 ジフィ @kokokokokonatsu

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