第3話 兄さんと映画鑑賞

 昼食の片付けを終えた私と兄さんは、リビングのソファに腰掛け映画を観ることにしました。正面の大型テレビをリモコンで操作している私に兄さんは尋ねてきます。


「それでシャーレ、何の映画を見るんだ?」


 私は少し意地悪な笑みを浮かべて応えます。


「うふふ、《兄から妹へ、妹から兄へ》というタイトルで美しい兄妹愛を描いた作品になります。今の私たちにピッタリの内容だとお友達から勧められたんです」


「なるほど、家族愛をテーマにした作品なんだな。楽しみだなぁ」


 うふふ、呑気に笑っていますが兄さんは一つ勘違いをしています。この作品は単なる家族愛をテーマにした作品ではなく、血の繋がった兄と妹の濃密な恋愛模様を描いたラブストーリーなんです。そうとも知らずに兄さんは……その時のリアクションが楽しみです。そして私は敢えて意識させる行動を働いて揶揄うんです。


 手を繋いだり、身体を密着させたり――照れる兄さんに「こんなのただのスキンシップじゃないですか? あれ? ひょっとして兄さん、そういう目で私のことを……」って言ってやるんです。あぁ、今から楽しみでなりません。


 私の巡らせる奸計に気付くことなく、何も知らない兄さんはニコニコと映画が始まるのを待っています。ここで先制攻撃を仕掛けておきましょうか。


「シャーレ?」


 私はさりげなく距離を詰めて、兄さんと肩を寄せ合うと何も言わずにリモコンの再生ボタンをポチッと。あくまで素知らぬ顔を続ける私に兄さんもこれ以上告げず、静かに画面へ目を向けて鑑賞していきます。


 画面に映し出されたのは、穏やかな日常の情景。仲睦まじい兄妹が寄り添い合いながら歩いていました。ふとした瞬間に見せ合う柔らかな笑顔、自然と手を繋いでしまうその様子……傍目から見れば、とても家族とは思えないほど親密な関係性が伺えます。

 

 そんな映像の数々が目に入ってくると、隣で鑑賞する兄さんの身体がピクリと反応したのが分かりました。何故なら私が頭をすりすりと兄さんの肩に擦り付けたからです。

 

「兄さん、どうせなら私たちも映画の二人に負けないくらい仲の良さを見せつけませんか?」


 兄さんから伝わる温もりに心を満たされながら、甘える私がそう言うと。


「俺たち以外誰もいないのに、見せつけるもなにも……。でも、そうだな。シャーレが言うならそうしてみるか」


 同意した兄さんは徐に私の手を合わせ優しく握ってきます。


「へぁ?」


 照れるどころか、反撃のカウンターを受けた私は狼狽して顔を真っ赤に――でも離したら負けだと思ったので、負けじとこちらも指を絡めて……ってこれ完全に恋人繋ぎじゃないですか!?


 動揺する私に対して兄さんは相変わらず笑顔のまま画面に目を向けています。照れさせるつもりが、こっちが照れてどうするんですか! と内心で自分自身にツッコミつつ、私も映画に集中することにしました。


 そうして手を繋いで身体を寄せ合いながら映画の世界観に引きこまれていく私たちですが、画面の中の兄妹たちが夜の公園で抱き合い想いを吐露するシーンに入ると、流石の兄さんも気付いた様子で。


「え? 兄妹愛ってそっちの!?」


 予想していた内容からは明後日の方角にいってしまって動揺を露わにする兄さんへ、私はここだと、果敢に攻めることにしました。


「あら、どうしたんですか兄さん?」


「どうしたもなにも、これが恋愛映画だって知って軽く動揺を……というか兄妹で恋人って、どうしよう気まずい――お前ひょっとして知っててこれ観ようって言ったのか?」


「うふふ、勝手に勘違いしたのは兄さんの方じゃないですか。あぁ、もしかして兄さんは私のことをそういうイヤらしい目で見ていたとか?」


 そう言って私は兄さんの二の腕を引き寄せて、耳元で囁きます。


「い、いや……そんなことはないが」


 兄さんが照れてます、照れてますよ! やりました、作戦大成功です!


「うふふ、兄さんってば可愛い」


 ツンツンと右手の人差し指で兄さんの頬を突いて揶揄い続ける私ですが、ここで重大なミスに気付いてしまったのです。何故ならこの恋愛映画は兄妹の濃密な恋愛模様を描いた作品。なので、抱き合って告白するだけで終わる筈はなく。


「「………………」」


 いつの間にか画面が切り替わり、部屋で妹をベッドに押し倒す兄のシーンが流れていました。私と兄さんはあんぐりと口を空けて、その場面に魅入っています。


 互いの名を呼び合う兄妹の顔が徐々に近づいていき、やがて唇と唇がちょん、と軽く触れ合いました。それだけでは終わらず、二回、三回と回数を重ねるごとに激しくなっていくキスシーンに、私と兄さんはバッと身体を離して悶絶してしまいました。


「「〜〜〜〜〜〜!?」」


 待ってください、ここまで濃密なラブシーンがあるなんて聞いてません! これは予想外です――ってよく観たら舌と舌が絡み合ってませんか!? 何なんですか、そのキスは! 私、そんなの知りませんよ!?

 

「うわっ、うわわ……まじかー」


 兄さん、物凄く画面に釘付けになってます。興味津々といった様子で、それはもうガッツリ。私の方なんて全然見てません。何でしょう、全然意識されてないって思うとムカついてきましたね。


 ですがどうすることもできません。私は羞恥のあまり、まともに観ることができないからです。兄さんのリアクションだけで、内容を想像するしかありません。


「「………………」」


 そして無事に映画が終わり、エンドロールが流れ始めると、兄さんと私は力尽きたように、ぐでーんとソファに身体を預けていました。


「つ、つかれた……」


「私も……つかれました」

 

 結局のところ、兄さんを照れさせることに成功しましたが、私自身も自爆してまた翻弄されてしまった……そんな気がしてなりません。けれど、きっとこれも兄さんとの大切な思い出の一つになるはず。

 

 私はそっと目を閉じると、兄さんの存在を感じながらゆったりと息をつきました。穏やか? な休日の午後、私たちはこうして何気ない毎日を送って過ごしています。

 

 どれだけの月日が流れても、この先どんな困難に直面しようとも、兄さんがいてくれる限り……私は何も恐れることなく生きていけるのだと、ふと感じずにはいられませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブラコンすぎるシャーレの日常 めぐりん @megurin42s

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ