第17話 灰の王
──ついに力を使うんだね、ナキ。
言い終えると同時に、懐から白い塊が飛び出してくる。一目散に男の人へ飛びかかったリクは、足の下にその大きな身体を納めると、ぺろりと舌なめずりをした。
待っていたよ。こいつは食って良いんだね。
「ひ、ばっ…化け物…! 誰か! 誰かきてくれ!」
「だめだよ、リク。この間言ったでしょう。それにまだ、やらないといけないことがある」
露骨に不満そうリクを横に、再び両手を組んで、頭の中に彼の姿を思い浮かべる。身体中が熱くなって、まるで血液が沸騰しているみたいだった。
わたしのところへきて。鎖を解いて、きて。きて。きて──お願いだから、会いにきて。
ぷすり、と何かが吹き出る音がした。発生源を辿ると、壁側にある暖炉に溜まった灰がすこし、崩れたようだった。じっと注視していると、崩れた山の先端から、鋭く尖った何かが突き出している。それは徐々に大きくなって、やがて人の指、腕、肩、と姿を表していく。
「……俺を呼びつけるなんて、ずいぶん偉くなったな?」
──空から灰が降ってきた。
やっぱり、そうとしか形容できない。暖炉の中から現れた彼は両翼を広げ、いつものように少しだけ不機嫌そうで、けれど、確かに笑っていた。部屋の様子と、動かずにいるリクを見ながら、こちらへ向かってくる。
「…本当に、きてくれた」
「お前が呼んだんだろう。…そんなものまで、使ってしまって」
指をさされ、そこでようやく、左手の甲に何か、紋様のようなものが浮かんでいることに気がついた。漢字、のように見えるが…読むことはできない。試しに擦ってみるが、もちろん、消える様子はない。
「おかしな子供だとは思っていたが…始祖の血を引いているとはな。普通ではないはずだ」
「…それってやっぱり、有名なの?」
「知らずに使ったとは言うなよ。…なぜ、俺を呼んだ?」
言いながら、バケくんが足首を指差した。そこにはまだ鎖が繋がっていて…その先端が、私の胸元から伸びている。
「俺にかけられた術が解けたわけじゃない。お前が始祖の力を使って無理矢理に術を書き換え、鎖の繋ぎ先を岩からお前自身にしたんだ。だから俺は、お前のそばにいる限り、自由に動ける」
「…あなたが、必要だったから」
「……俺が?」
「私は、どうしても首都に行かなくちゃいけない。そのためには、あなたの力がきっと必要になる。…一昨日の夜、私に、一緒に来てと言ったよね」
「…ああ。逃げたものとばかり思っていたが」
「違う。そして…逆だよ、バケくん。私があなたと一緒に行くんじゃない。あなたが、私と一緒に行くの。もしも嫌なら、いまからまた、あなたにかけられた術を書き換えて、私と一緒にいなくても良いようにする。だけど」
手を伸ばす。バケくんはそれを見つめ、動かないままでいる。
「許されるなら、一緒にきて。私のそばにいてほしい」
しばらく、沈黙があった。こんなにも勝手なことを一方的に捲し立てられて、それでもバケくんは、いつかのように怒りを露わにしない。やがて、冷たくて大きな指先が、私の手を控えめに包み込む。
「…仕方がない子供だ」
──初めて見る表情だった。言葉をなくして固まっていると、バケくんが続ける。
「その豪胆さ、気に入ったよ。しばらくはお前のために、この力を使ってやっても良い。…ちょうど、生きる理由にも死ぬ理由にも困っていたところだ」
「バケくん」
「…バケくんじゃない」
そう言って私の手を解放すると、踵を返して背中を向ける。視界を埋め尽くす灰色の羽が、例えようもなく美しかった。やがてその足元から、煙が上がる。
「お前だけに、俺の本当の名前を教えてやる」
「ばっ…バケモノが増えた…? お、おいガキ! お前さっきから何を」
リクが飛び上がって、私の隣へ移動する。それからつまらなそうにあくびをして、翡翠を潤ませた。前足の重みから解放された男性は、それまで奪われていた言葉を取り戻すかのように、精一杯に声を張り上げている。
つまらないけど、あとはあいつに任せておけば良いよ。きっとすべて、跡形もなく燃やしてくれる。
「…リクは、バケくんのことをしっていたの?」
いいや。ただ、何と呼ばれる存在なのかは、知っている。
バケくんの足元の煙が、やがてその量を増して、大きな火柱になる。こんなにも近いのに、不思議と熱くなかった。眩しいくらいの赤に包まれた、その向こう。いままさに、私のために力を使おうとしてくれているバケくんの背中が見えた。
あいつは、灰の王。通り過ぎた後は全て燃えてしまって、何も残らないから、そう呼ばれていた。
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灰の王と忌み名の子 でかくてつよい鳥 @nakuyo_yo
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