第16話 忌み名の子
どれくらい揺られていただろう。
運転をしてくれていたのも、助手席に座っていた人も先方のお屋敷の人だった。多分私に気を遣って、いろいろな話題を提供してくれたけれど、根底に哀れみが感じられたせいか、あまりうまく話せなかった。
権力者と噂されるだけあって、辿り着いたお屋敷はとても大きかった。洋風の作りは、私のいた地方では見られなかったものだ。お庭に並んだお手伝いさんが、私を見ると恭しく一礼して、それでもやはり、好奇が勝る。
着いて早々案内されたのは、このお屋敷の一人息子──今回、私との縁談を望んだらしい男の人の部屋だった。両開きの、立派な彫刻が施された扉を、お手伝いさんが控えめにノックする。うん、ともああ、とも判別のつかない、くぐもった返事が聞こえたら、お手伝いさんが扉を開け、私は中に入るよう促した。いまのが、了承の合図だったらしい。
ながされるまま、部屋へ入る。黒くて毛の長い絨毯に、慣れない革靴が沈んだ。それと同時に背後の扉が閉められて、かちゃりと施錠の音がする。窓はあるのに、カーテンが締め切られた部屋の中は薄暗くて、少し先に何か、金属質のものがある、ということを除いて、何もわからない。
「──ようこそ、僕のお人形さん」
声がすると同時に電気がついて、視界が白く眩む。何度か瞬きをして慣らすと、ようやく部屋の全貌が見えた。
中央に、大きな天蓋付きのお布団……ベッド、というんだっけ。それがあって、床にはちょうど私と同じくらいの女の子が着るような服が散乱している。ところどころに、何も服を着ていない女の子の人形が転がっていて、あまりに精密だから、本当に人が倒れているのかと思ったほどだった。まるで、お人形遊びをする子供のおもちゃ箱だ。視線を奪われていると、ベッドの裏に、もぞもぞと動く人影がある。
「…僕の送ったドレス、着てくれてるんだね。やっぱりすごく、似合っているよ」
「…ありがとうございます。こんなに上等なお着物は初めてで、」
「わあ、声もかわいいね。…この間は、ごめんね。はやく君に会いたくて、強引に迎えに行ったりして…」
…覚えがない。事前に考えていた挨拶が、遮られてぜんぶ飛んでしまった。言葉の続きを待っていると、ゆったりとした足音の後、声の主が姿を表す。
彼は、黒くて艶のある洋服を着ていた。燕尾服のようだが、少し変わっている。何か別に名前があるのだろうけれど、私の知識ではわからない。
「でもあいつら、失敗したんだよね。大怪我を負って、バケモノがどうとか嘘まで言って…でも、もう大丈夫。こうして直接、愛せる日が来たからね」
「…おっしゃる意味が、よく」
「さあ、こっちへきて。僕たちは夫婦だ。君はまだ子供ができる身体ではないから…つまり…避妊具なしでも、問題ないんだよね?」
「……」
「いままでいろんなところから女の子を調達してきたけど、君みたいにかわいい子は初めてだよ。ああ、うれしいなあ。さあ、はやく。このベッドに載って、僕の物になった証を見せておくれ」
「…その前に、挨拶をさせていただきます」
……もはや、会話は必要ない。その意味も、感じられない。
仕方がないと思った。私があのお屋敷のため、何かできるとしたら、これくらいだ。それは事実で、でも本当に、あのお屋敷のために何か、する必要があるのか? だってもうあそこには、お母様がいない。キクエさんもいない。
仕方がない。理屈は十分にわかっていて、けれど、受け入れるかどうかは私が決める。
誰が敵になっても良い。平穏に暮らせなくたって良い。何があっても首都へ辿り着く。その目的が果たせるのであれば、なんだって良い。一歩、足を踏み出して、その場に膝をつく。それから両手をついて、頭を下げた。男の人は一瞬不思議そうにしたけれど、何か面白そうな事が起きると悟って、にこにこしながら私の行動を見守っている。
「お初にお目にかかります、旦那様」
顔を上げると同時に、両手を組む。そのまま額にくっつけると、不思議と力が沸いてくるようだった。
「──私の名前は
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