きみと夏休みと風鈴の音

鳥尾巻

夏の音

 僕の彼女のユキちゃんはめんどくさい女の子だ。バイト先で知り合った同じ大学の子。目がくりくりして小動物みたいで可愛いんだけど、その小さな頭の中には僕に理解できない複雑怪奇な考え事が渦巻いているみたい。


「暑いのは嫌いだけど夏の雰囲気は好き」


 まためんどくさいことを言い出したなと思ったけど、いつものことなので寝転んだまま「わかるわかる」と生返事をしてゲーム画面に目を戻す。

 すると急に背中に乗ってきた彼女が「分かってないでしょ」と、首を絞める真似をする。ユキちゃんは小さくて軽いからそんなに重くないけど、手元がぶれるからじゃれつくのはやめて欲しい。

 僕はごろんと仰向けになって、ユキちゃんを優しく振り落とすと、今度は腹の上に乗って顎に齧りついてきた。いや、まじで邪魔なんだけど。

 ユキちゃんからくっついてくれるのは嬉しいけど、夏場はすぐに汗ばむし暑いから正直離れていたい。

 今日だって夏休みだからプールに行こうって話があったのに、外の気温に二人ともげんなりしてコンビニでアイスを買って引き返してきた。

 こんな日はクーラーの効いた部屋でごろごろしながらゲームしたり映画観たりしてるのが一番いい。ユキちゃんはゲームをしないから、僕の隣でカップのアイスクリームを食べながら映画を観ていたけど、それも飽きてしまってまたグルグル色んなことを考えていたらしい。


「あー、そーね、例えば何?」

「スイカとか、線香花火とか、夏祭りとか。夏の概念みたいな」

「なるほど?」

「この前風鈴を買ったでしょ」

「そうだね」


 あちこちに飛ぶ話をまとめるのは付き合い始めの頃に諦めた。ここはただ黙って話を聞くのが最適解だ。

 たしかに二人で行った夏祭りで、ユキちゃんが気に入って買った赤い金魚が描かれた青い硝子の風鈴が窓辺に吊るされている。窓を開ける事なんて滅多にないから、それはただのオブジェと化しているけれども。

 ユキちゃんは僕の腹の上で思案顔だ。短い髪が首元でふわふわしてくすぐったい。


「風鈴は風が吹くと鳴るじゃない?」

「そうだね」

「でも、最近の夏は窓なんか開けたら死ぬ暑さだよね?」


 確かにクーラーをつけておかないと死にそうな暑さが続いている。子供の頃はそこまで暑くなかったと思うけど、ここ最近の暑さは異常だ。


「扇風機で風送ったら?」

「それはちがうでしょ」

「そうか」

「風鈴は既に夏の概念よね」

「うーん……」

 

 僕は考えているふりをして、短パンの裾から伸びるユキちゃんのすべすべの太ももを撫でる。今日は概念の話? そういえば水着を新調したって言ってたけど、Tシャツの下に着てるんだろうか。ユキちゃんは色が白いから、可愛い水着が映えると思うんだよね。

 もうこうなってくると、夏の概念はどうでもよくなってくるというか、最初からどうでもいいというか。プールで暑いのは嫌だけど、ユキちゃんの新しい水着は気になる。

 僕の不埒な妄想と指は止まらない。もそもそと彼女のTシャツの裾をまくっていると、ユキちゃんが笑いながら身を捩る。


「なるほど。分かった気がする」

「何が?」

「僕らはプールを諦めたけど、僕はいまユキちゃんの新しい水着が見たい。これこそ夏の概念だ」

「何か違う気がする」

「せっかく買ったんだから見せてよ」

「もう、そういう話じゃないんだけど」


 白い頬をピンクに染めて体を起こしたユキちゃんは、怒った素振りをしながらも、気前よくTシャツをめくって脱いでくれた。うーん、これは最初から見せたかったという解釈であってる?

 ささやかな、というと怒られるけど、白くふっくらした胸を飾るフリルのついた赤いビキニが眩しい。


「これ、下から見るアングル最高だね」

「ばかなの」


 むぅ、と尖らせたユキちゃんの唇を舐めたら、さっきまで食べてたアイスクリームの甘ったるい味がする。

 まあ、なんだかんだ言って僕も男の子なので。青いシーツの上で水揚げされた魚みたいにびくびくするユキちゃんと、水を浴びたみたいに汗だくになって絡み合っていたら、結局プールに行ったのとそんなに変わりない。

 あー、夏の概念てなんだっけ? と、馬鹿になった頭で上を見上げると、窓辺に吊るされた青い風鈴がチリンと音を立てた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きみと夏休みと風鈴の音 鳥尾巻 @toriokan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説