第16話 勇者と護り手
「……これで私はあなたの、人間の勇者の護り手になったというわけですか」
「するしかなかったというか……なりゆきというか……すまない」
アルフィーナは鞘におさめたギミアの柄をやたらといじるが、最後にはジェドクをにらむ。
「でも、お前が突き刺さってくるからだぞ!」
「私の自爆を止めるために、望むべきを望んだからでしょう? 正しい選択でしたよ」
「違う! 爆発するのがお前の一部だから、止めたければどうしても破壊するしかなかったんだ。
何とかうまく、爆発しない分だけ、お前の心臓は余計に傷つけないように考えていたのに、いきなり自分から刺さってくるから、思いきり致命傷になったじゃないか!
そうなったらもう、私にできるのは、お前を護り手にして命を繋ぐことだけだったんだ」
「これでお前も、アルフィーナと生死を共にするわけだ、魔族。文字どおりにな」
オーガンが
不機嫌な顔をしているが、敵意は薄れていた。
ギミアに誓って護り手として選ばれる意味を知っているからだ。
ギミアは選ぶ。みずからの使い手の望みを、決して裏切らない者を。
みずからの使い手のために命を差し出せる、魂の底からそう願う者だけを護り手と認めて加護を与え、魂と命を結び合わせるのだ。
◇◇
朝日の注ぐ神殿のなかは、静まり返っていた。
昨夜、あれほど響いていた調べも無く、きざはしの上のあずまやのような場所も、平らな石の床に戻っている。
アルフィーナはひざまずき、石床をそっと撫でた。
「いずれまた、来る。そのときは、ギミアをお願いする」
立ちあがり、深く一礼すると、きざはしを降りていった。
神殿の外では、オーガンとジェドクが、乗馬とともに待っていた。
街路や建物に、飛翔狼たちの姿も見える。
神殿から出てきたアルフィーナを、多くの飛翔狼が取り囲み、一頭ずつ別れを惜しんだ。
年若い飛翔狼が、ジェドクにやたらと飛びついたりのしかかったりしている一方、オーガンには近づかない。
離れて見ていたオーガンのもとに、壮年の飛翔狼たちが寄ってきた。
彼らの興味は、シルヴァン族の古式魔術を織り込んだ戦闘服や、特別の軽い防具や長靴などにあるようだ。
まるで魔術の匂いを感じるように、鼻を近づけ、目を細めて嬉しげなようすだ。
オーガンはわずかに渋面を緩め、ふかふかの毛並みに触れ、撫でた。
銀の護り手としての服装は、呪いにかかったまま、内側の本性に駆り立てられて出立した際、大急ぎで荷物を用意したロンが入れておいてくれたものだ。
かわりに今は、貴婦人のドレスと靴が荷物袋のなかだ。
忌々しい呪いの副産物とはいえ、自分のために手を尽くしてくれた人びとの苦労を思うと、とてもそこらにうち捨てては帰れないのだった。
「そろそろ、行こうか、二人とも」
アルフィーナは一番大きな飛翔狼から身を放し、向き直った。
オーガンは無言でうなずき、飛翔狼のかたまりの中からジェドクの襟首をつかんで引っ張り出した。
三人はそれぞれの乗馬に騎乗する。
飛翔狼たちは、彼らの周囲を歩き、飛び跳ね、時には飛行しながら、ついてきた。
城門をくぐってから振り返ると、レムリアの城壁に飛翔狼たちが姿を見せた。
アルフィーナが手を振ると、羽ばたいて宙に舞って見せたり、吠え声を返したりして応え、ずっと見送っていた。
オーガンの乗馬には地と水の精霊が宿っていて、水面だろうと泥沼だろうと駆け抜けることができるが、アルフィーナの愛馬とジェドクの荒馬には不可能だ。また転移の門を利用しなければならない。
「さあ、道を照らしてやれ。アルフィーナはそいつの、輝く太陽なんだからな」
「いい加減にしてください。もう最後だと思って言ったことを、延々と言われるなんて」
「そのくらいは耐えるべきだぞ、ジェドク。そもそもお前が先に、言ってはならない言葉をオーガンに言ったんだからな」
「言いたくて言ったんじゃありませんよ! そうでもして隙を作らないと、近づいて血の呪いを浴びせられなかったんです!」
「なぜだ? 魔族なのにか?」
「魔族といっても、肉体派、頭脳派、色々あるんです。私は魔術師で、武術は苦手なんですよ。しかも相手は弓で、遠距離攻撃の達人ときている!」
「アルフィーナ、こいつ実は大したことなさそうだぞ。こんなの護り手にしなくてよかったんじゃないか」
「いや、馬術も短剣術も人並み以上だぞ。見ろ、この荒馬も乗りこなせてる」
「魔族ですからね、時間をかければいつかは上達できるんです。むしろ、ずっと短い年月で、私はおろか、魔族の達人にも匹敵しうる者が出てきてしまう人間という存在が恐ろしい、というか気持ち悪い」
「ああ、人間なんて一捻りだと息巻いて襲ってきて、泣いて逃げ帰ったやつは大勢いるな」
「でも、人間だったら何百回も死んでるところを、逃げて帰れるんだから、魔族は強いぞ」
「代わりに、多くは心折られて、二度と戦いに出ることなく隠居してしまいますけどね。戦いで徹底的に叩くならまだしも、簡単には死なないのをいいことに、なかなかエグいことをされて戻る者もいる」
「それは……何と言っていいのか……すまない」
「いや、待て。それは人間もだ。本当なら即始末できるところを、魔族の技であえて生かされ続けて、いろいろされて生きたまま壊されて戻されてくる」
「それでも復活してまた最前線に戻ってきたり、そこまで戦えなくても支援したり、陰で動いて何かしてきたりするから怖いんですよ。
たとえ当人がもう復帰できなくても、代わりにもっと強くなる人間がわらわら出てきたりするし、いったい、絶望とかしないんですか」
「それはもうわかってきたんじゃないか、魔族?」
オーガンは鼻で笑う。
「たしかに」
ジェドクも口の端を歪め、笑う。
二人の目は自然と、アルフィーナに向かった。
「な、何だ?」
「別に。まずは一度、うちの里に戻るか。お前も来ていいぞ、相談役魔術師」
「その記憶はもう、あなたとアルフィーナ様にしかないんですけどね」
「とりあえず、私の護り手ということでいいんじゃないか?」
「いいや、そいつには、シルヴァイン砦でしばらく働いてもらう。実際、あの蔵書の世話やら何やら、新式魔術の使い手は入用だったんだ。俺を呪って、アルフィーナと我が一族を騙した礼に、たっぷりこき使わせてもらうぞ」
「ま、人間のように食べなくても寝なくても、私はけっこう平気ですよ」
「安心しろ、まっとうに衣食住と、それに豆入りクッキーぐらいはつけてやる」
「な、なぜ、そのことを?」
「さっきポーチから出して食べてたじゃないか、ジェドク」
こうして、黄金の勇者と、黒と銀の護り手は、くつわを並べ、廃都レムリアを去っていった。
黄金の勇者アルフィーナ 紙山彩古 @44_paper
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