第15話 死の闇を越えて

「ジェドク……!」

 アルフィーナの心に、喪失の恐怖が襲いかかった。だが、あえて涙をふりきり、ジェドクの手をかたく握りしめる。


「だめだ、だめだ、だめだ! ジェドク……逃がさないぞ、絶対にここで終わらせない!」


 ギミアの柄を握る手に力をこめる。黒と銀の組み合わせ模様が、黄金色の光をはなちはじめた。

 まるで刃そのものが燃えあがるようだ。まばゆい輝きと、太陽のような熱があふれだす。


「アルフィーナ!」

 オーガンが思わず手を伸ばしたが、暴風に逆らうかのように近づけない。


 アルフィーナの右手はジェドクの手を、左手はギミアの柄をかたく握りしめて離さない。黄金色の髪が光にあおられ、闇を照らすたいまつのようにたなびいた。


「……ジェドク、まだ終わるな!」

 魂から願う心のすべてを、アルフィーナはギミアに注ぎこんだ。


 アルフィーナの髪そのものが不確かに揺らぎはじめる。光の粒子がアルフィーナを取り巻き、黄金の輝きがどこまでも広がっていく。


(ジェドク、ジェドク……!)

 白い光が弾け、闇が広がった。


  ×    ×


 ――アルフィーナは、渦巻く闇のなかにいた。

 どこまでも広く、上もなく、下もなく、宙に浮いている。

 体を包む黄金色の光が、命綱のように、遠くどこかにつながっていた。


 アルフィーナは見回した。そして見つけた。

 まさに満足の笑みを浮かべ、死の腕に身をゆだねようとしているジェドクの姿を。

 アルフィーナは手を伸ばした。


 ジェドクの魂は渦巻く闇へと遠ざかっていく。

 だが、アルフィーナは恐れずにどこまでも手を伸ばした。

 光り輝くアルフィーナの姿は、死の闇を切り裂く流星となって駆けぬけた。


「ジェドク!」

 癖の強い黒髪が揺れた。だがそれだけだ。


「ジェドク!」

 振り返らない。ただ首を振る。


「ジェドク!」

 ついにアルフィーナをふりかえる。

 心底うんざりしたような顔をして、だが、その口元には苦笑のようなものが浮かんでいた。


 ふいに死の腕が緩み、ジェドクを虚空に解き放った。

 アルフィーナがかわりにジェドクを抱きしめた。


 ――気がつくと二人は、現実の世界に戻っていた。


 もとのとおりに、ジェドクは横たわり、アルフィーナはその手を握りしめていた。

 ギミアはジェドクの胸に突きたったまま、静かにきらめいている。

 

「いったいぜんたい、どこまで追いかけてくるんだ、あなたは」


 アルフィーナを見あげて、ジェドクは言った。すでにその顔に死の影はない。


「どうしても俺を逃がさないつもりですね」

「ああ」


 ジェドクはうんざりと目を閉じた。だが口元は笑っていた。小さな、ため息。


「いいですよ、裏切り者でも、罪人でも、あなたの望むようにいたしましょう」


 その瞬間、ジェドクの胸でギミアが震え、みずから抜けた。


 肉体に刺さった刃ではなく、水のなかから抜けだすようだ。

 煙るような黒の光が、ジェドクの傷口から湧き出し、ギミアの刃へと吸いこまれる。

 かわりに柔らかな黄金色の光が、ジェドクの傷口へと流れ込んだ。

 光が消えると、ジェドクの傷も消えていた。

 ギミアの刃は、研ぎあげたばかりのように澄んでいる。

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