第14話 ギミアの真実

「ジェドク、なんてことを、こんな……!」


 アルフィーナはジェドクのそばにひざまずき、血にまみれた手をとった。

 ギミアは深く胸に突き立っている。冷たい闇を思わせる魔族の藍色の血がとめどなく流れだし、地面の上に広がっていく。


「これでいいのですよ、アルフィーナ様」

 ジェドクは暗赤色の目を細め、アルフィーナを優しく見あげた。


「あなたのいうとおりだ。私はあなたを、シルヴァンの人びとを憎むことなどできなかった。できることならあのままで、相談役魔術師として暮らしたかった。それがかなわないなら、これでいい」

 ジェドクは笑みのようなものを浮かべてみせた。


「あなたは輝く太陽だった。こんなところで沈んではいけない。あなたはこの先も、あなたを護る月とともに輝いてゆけばいい」


「……それでいいのか、ジェドク」

 アルフィーナはうめいた。熱い涙がほとばしる。


「ほんとうにそれでいいのかと聞いている! そんな風に暮らしてみたいなら、このまま終わりにしてしまってもいいのか!」


 アルフィーナはギミアを手にかけた。黒と銀に彩られた不思議な組み合わせ模様のついた刃に、ジェドクの手をそっとあてがう。


「ジェドク、私とともに生きる明日を選べ。ギミアに誓い、私と魂で結ばれて、私の護り手になってくれ」


 半ば閉ざされていた赤い瞳が、驚愕に見開く。


「何をたわけたことを。魔族を滅ぼすための剣が、魔族である私を、あなたの護り手に認めるはずがない」


「認めるさ、ジェドク。お前が心から願うなら、ギミアは必ず応えてくれる。

 なぜならギミアは、魔族を滅ぼし、人を護るための剣ではない。継承者が心から望むものを破壊し、望むものを護る剣なんだ」


 ――それは、サン王家に伝わる絶対の秘密だった。


 ギミアが魔族に対し絶大な破壊力を誇るのは、代々の継承者の多くが魔族をもっとも憎悪すべき敵とみなし、強大な力に対抗する力を心から求めてきたからだ。


 すなわち、継承者の心に宿る考えかたしだいで、どんなものに対しても破壊の力を発揮する。

 歴史上からは抹殺されているが、実際にギミアが恐るべき正義を執行した例は少なくなかった。


 ある継承者は、心の奥底に無知で無力な人民こそ最大の悪だという考えを持っていたため、倒すべき魔族には傷ひとつつけることができず、逃げ惑う人びとを効果的に破壊してしまった。


 ある王子は、愚かな父王こそが魔族よりも憎むべき悪とみなしていたため、申し分のない継承者候補と見なされながら、その地位を兄弟に譲らざるを得なかった。


 常に魔族に決闘を申しこみ、たとえ一対多数の不利になろうと必ずひとりで赴いた継承者がいた。

 彼の正体はとてつもない女嫌いで、決闘は無関係の女たちを巻きこむ可能性を恐れてのことだった。

 実際に、女の魔族が相手になると、ギミアの破壊力はそら恐ろしいほどのものになったという――。


「あなたは魔族を悪だと思ってはいない、ということですか」

「人間にも善と悪があるように、魔族にだって善も悪もあるはずだ。魔族だからって、全員が悪で、敵で、そんなこと、あるはずがない。だってジェドク、お前がそうじゃないか!」

「甘い考えですね。とても承服できかねます。そう、甘すぎるんですよ、あなたは!」


 ジェドクの目が赤く輝き、アルフィーナの周囲の床がうねりだした。

 先だってもアルフィーナをとらえた闇の呪縛が襲いかかった。無数の貪欲な小蛇のようにアルフィーナに絡みつき、白い細首に巻きついてくる。


「アルフィーナ!」

 見かねたオーガンが動こうとするが、アルフィーナは毅然と首を振った。

 ジェドクの操る闇はしだいに細い糸のようになり、その命の残り少なさをあらわすように弱々しい。それでもゆっくりと、少しずつ力をこめて緊めあげていく。


「ジェドク、お願いだ、逃げないでくれ」


 アルフィーナはジェドクの目を見つめ、しっかりと手を握りしめた。ジェドクの両目が潤み、涙が滲みだした。血まみれの手が、ギミアの刃をたどる。


「私の父は、この剣に命を奪われたのです。あなたに味方することなど、許されるわけがない」


 アルフィーナは息を呑んだ。碧い瞳でギミアを見すえる。深く思うように目を閉ざし、ゆっくりと開く。まっすぐにジェドクを見る。


「ならば私は、いつか必ずギミアの力を無に返そう。お前のために、あの井戸の底に沈めよう」

 ジェドクの操る闇が動きを止めた。アルフィーナは、うなずいた。


「それでお前の父や、多くの魔族の命をあがなえるとは思わない。だが、この絶対の破壊力が二度と魔族を殺めることはなくなるだろう」


「馬鹿げている。絶対の力を失ってしまえば、あなた方人間は滅ぼされてしまうでしょう」

「平和な時代が訪れたなら、お前たち魔族も、私たちを滅ぼしたりはしないだろう?」


「甘すぎる……それこそは甘い夢物語だ」

「そんな夢物語を、ほんとうに、現実のものにしてみたくはないか、ジェドク」


「……してみたいかもしれませんね」

 アルフィーナをとらえた闇の呪縛が、空気に溶けこむように消えうせた。

「だから、してみせてください、約束ですよ、アルフィーナ様」

 ジェドクの目が光を失い、静かに閉ざされた。

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