第13話 決戦
集束した闇の力が一瞬で飛び散り、不浄な風と化して消えうせた。
ジェドクはののしりの声をあげ、自分の手を貫いたものを引き抜いた。
銀のやじりと白い矢羽をもつ美しい矢だ。魔族の藍色の血に染まってなお、苛烈な白い輝きを放っている。
「……この矢は、まさか……!」
ジェドクは振り返った。
古風な仕立ての新しいドレスをまとった美しい射手――呪われたオーガンが、騎乗のまま
その目は凍りついたように見開き、緑色の鏡のようだった。
「お前は、アルフィーナを、危険にさらした」
血の気を失った唇が、冷たい怒りをこめた言葉を一言一言苦痛をこめて吐きだした。
オーガンの全身が、青白い輝きを放ちはじめる。オーガンは貴婦人の仕草で苦しげに身をよじり、胸を押さえ、あえぐようにつぶやいた。
『私の中に……男がいる』
その声は、オーガンの口から出ているものの、まったく別の、幻のような女の声だった。
『その男は
オーガンの全身から青白く輝く煙のようなものがたちのぼった。煙は揺らめきながらよじれあい、あやふやな白い女の幻影を形づくっていく。
オーガンから完全に脱け出した幻の女は、声なき断末魔の形に口を開き、頭をかかえ、霧散して消えうせた。
「よくも、よくもアルフィーナを……! 覚悟しろ、魔族! 楽には死なせんぞ!」
完全に戻ったオーガンが怒りの叫びをあげた。
「アルフィーナ!」
叫びとともに頭上に向かって一本の矢を放つ。はるか高みの吹き抜け天井へと吸いこまれていった矢は、不意にまぶしい輝きをはなった。
まるで小さな太陽のように、神殿内を光で照らしだす。
一瞬、すべてが白い光に染めあげられた。アルフィーナを束縛する闇さえも圧倒的な光に打ち消され、侵食される。
アルフィーナはもろくなった束縛を振りほどいた。床に身を投げだしてギミアに飛びつき、軽やかに一転して身構える。
下乗したオーガンが駆け寄り、かたわらで精霊弓をかまえる。
「こちらは二人だ、ギミアもある。お前にもう勝ち目はない、ジェドク!」
ギミアの切尖を突きつけてアルフィーナは叫ぶ。
「たかが数でまさったぐらいで、魔族の力にかなうとでも?」
ジェドクはまったく余裕を失わなかった。藍色の血に染まった右手と、無傷の左手、両方に闇の力を集束させる。不浄の瘴気が渦を巻いて、ジェドクの両手に流れこみ、不気味に輝く球体をつくりだしていく。
「ジェドク、降伏しろ! お前はオーガンも、他の誰の命も奪っていない。だから私も、お前の命は奪わない!」
「あなたを殺そうとしたのをお忘れですか、アルフィーナ。私の目的はあなたです。
「そんなの嘘だ! ジェドク、もうやめろ! お前は私の命だって奪えなかった。オーガンに邪魔されなくたって、奪うことはできなかった!」
「だまれ!」
ジェドクは両手の闇をアルフィーナとオーガンめがけてそれぞれ解き放った。
渦巻く闇の凝集が、ふたりの逃げ場を奪うように左右からひろがって迫ってくる。
アルフィーナとオーガンは渦巻く闇をかいくぐり、背中を合わせた。
オーガンの光の矢が四方に放たれ、闇の力を貫いて侵食し、その接近をはばむ。
アルフィーナはギミアを体の前にかまえ、刃に手をあてて集中した。
ギミアの刃を彩る黒と銀の組み合わせ装飾が、黄金色の光を放ちはじめる。
ギミアのもうひとつの力、守護の力が光のベールとなってアルフィーナとオーガンを包みこみ、絶対的な障壁となった。
うねり、荒れ狂い、破壊をもとめる闇の力は、わずかなりとふたりに届くことはなかった。
「こんなもの効かない……分かっているくせに!」
ギミアを鋭く一閃させると、すべての闇は消えうせた。
「ええ、分かってますとも。でも、時間稼ぎには充分なんですよ!」
ジェドクの目が光り、全身が紫の光につつまれた。
足元の床から、どす黒い触手が生え出して、ジェドクに絡みつき、突き刺さり、皮膚に潜りこむ。
脈打つ血管のようにけたたましくうごめき、力を送りこんでいく。
ジェドクの心臓の位置が赤紫に光輝いた。激しい鼓動が、現実の音となって、大広間に響きわたる。
「魔族の自爆技だと…!」
オーガンが立て続けに矢を放った。禍々しい鼓動を狙った矢は、闇の触手に固く阻まれ、届かない。
「ならば!」
狙い澄ました矢が、闇の触手をかわし、ジェドクの喉と目に突き刺さる。
ジェドクは、刺さった矢をうっとうしげに抜き捨てた。藍色の血が噴き出す。
血塗れの眼窩に、すでに新たな瞳が輝いている。
「止められませんよ。今からどこに逃げようと、闇の爆発が、破壊力の渦が、あなたたちを、この廃都のすべてを呑みこむ。私とともにこの世界から消えなさい。黄金の勇者よ、銀の護り手よ!」
アルフィーナはギミアを手に突進した。床から生えだした触手を手当たりしだいに斬りはらうが、ジェドクの胸の輝きは強まるばかりだ。脈打つ鼓動が耳を壊さんばかりに高まっていく。
「……ジェドク……やめろ……!」
アルフィーナはギミアの切尖をジェドクの心臓に擬した。今にも破裂しそうな魔力の凝集を前に、それでも貫く力を入れられない。
「甘い、ですよ……黄金の勇者……アルフィーナ!」
ジェドクはアルフィーナの腕をつかみ、指先をきつく食いこませた。
「為すべきことを為しなさい。あなたは当代のギミアの継承者、一国の王女様でもあるのだから!」
ジェドクはアルフィーナを、ギミアを引き寄せ、自分から心臓を貫かれた。
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