入院病棟、最後の夜
長谷川昏
怖そうで怖くない少し怖い
二十年くらい前になりますが手術が必要な病気を患い、二週間ほど入院したことがありました。
術後すぐは起き上がれないほどに体力を奪われましたが、じきに院内を歩き回れるほどに回復しました。術前の緊張も消え去り、身体も動くようになってくると横になって寝ているだけの入院生活も暇に感じてきます。すると病院ってそう言えば怪談や怖い話の宝庫だよな、とふと考えてしまいました。病院の建物自体が築年数が幾分経過したものだったこともあって、その歴史を考えるとなんだか少し怖くなってしまいました。
昔から怪談や怖い話は大好きでした。それならばそんなことを気にしなくてもいいじゃないかと思われるかもしれませんが、怪談や怖い話は「面白いお話」として好きなだけなのです。話自体の真偽やその存在を信じるかどうかはあまり話の良し悪しに関わらなくて、ただゾッとすることに没頭させてくれる話が好きなのです。
それならばなお、気にすることはないと思われるかもしれませんが、懐疑的に感じている話自体の真偽とは距離を取っていると言っても、やはりなんとなく怖いものです。ですからなるべくそういった類のことは頭から追い払うようにして、残りの入院生活を送ることにしました。
ようやく明日には退院だという前日の夜、いつものように消灯時間になり、すぐに眠りにつきました。運のいいことに一度寝たら朝まで起きない入院生活を送っていましたが、その日はまだ皆が寝静まっている時間に一度目を覚ましました。そのまま再び眠りにつこうとしましたが尿意を覚えてトイレに行きたくなり、しばらく我慢していましたがやはり行くことにしてベッドを下りました。
古い病院のせいか不便なことに病室にはトイレがなく、廊下の先にあります。薄暗い部屋を出て、これまた薄暗い廊下を通って用を済ませて病室へと戻る途中、壁際に置いてある医療用ワゴンの傍に誰かが立っていることに気づきました。
薄いピンクのネグリジェを着た女性。
もし入院患者なら自分と同じ入院着を着ているはずですし、もちろん看護師さんでもありません。
と、思っているとその姿は廊下の暗がりから消えていました。
まぁ、寝ぼけたんだな、と思いながら病室に戻り、再度眠りにつきましたがそれほど時間も経たないうちにまた不意に目を覚ましました。
夜明け前のまだ薄暗い室内、仰向けではなく横向きになって寝ていたようで、眠気を堪えて薄目を開けると、ベッドのすぐ傍に誰かが立っているのが目に入りました。
その人は、いかにも昭和という趣の少しシャーリングの入った薄いピンクのネグリジェを着ています。本当に間近にいるので、その人の腰辺りしか見えませんでした。
うわ、と思って目を瞑りました。
そしてもう一度目を開けた時には朝になっていました。
結論を言えば、まぁ夢でも見たんだな、と思いました。それと怪談話などで怪しげなものを見た後、気づいたら朝だったという話をよく聞きますが、こんな感じなのかなと思いました。
見間違いと夢。ヤマもオチもないこの体験にそんな結論を出しましたが、実は二十年あまりの間、この話を誰にもしたことがありませんでした。こんなヤマもオチも意味もない話を誰かに話してもしょうがないですし、仕方がないとも思います。でもなんとなくですが、この話を誰かにしたらあの時の女性がまた来てしまう、そんな気がして話せませんでした。今回自らに課した禁を破り、この話を語りました。今夜私は、一体どんな夜を過ごすのでしょうか。
〈了〉
入院病棟、最後の夜 長谷川昏 @sino4no69
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます