2-20 彼女の望み

 イリアが出窓から飛び降り、タケシの横たわる四階から離れていくに従って、効果の薄れていく重力呪グラッボに抵抗して、重たいブランケットを跳ね飛ばし、タケシは苦悶に顔を歪めながら持ち上げた上半身で、


「……んガッ……、ん、がっ、はああッ!!」


 息を急かして出し入れしながら、自分の胸を叩くよう押しつけて自分に心臓マッサージをする。





 タケシは、油のきれたように重く抵抗する身体と闘いながら、朦朧とする脳裏にイリアの最後の囁きを刻み付け、床目に立てた爪を手がかりに、瀕死の獅子のように身を引きずる。


 出窓に手を掛け、からだを顔も使って持ち上げて起こすと、眼下の路地へと、上半身をせり出し、


「……イリ……ア……!!」


 かすれた声を、胸から絞り出した。


 すると、路地に向かって小さくなっていくイリアが顔をあげ、目が合った。


 その顔は横に振られ、まるで「来てはだめ」と言いたげな唇を噛む。


 しかし彼女の傍を降下していくゴルドーも、つられるように首を上げ、タケシは慌てて顔を引っ込めた。


 これ幸いに息を出し入れし、そのまま息を止め、ふたたび出窓からそっと顔を出して下を覗いた。ちょうど真下の路地に彼らは着地し、驚いている人々のなか、割るように進入してきた乗り合い馬車へと共に跳び乗って行く。


 どうやらゴルドーには気付かれず済んだ様だが、キャビンの天井にも荷を載せた六頭立ての黒い箱型馬車は、二人を乗せたまま、見晴らしの塔のある広場、つまり北に向かっていく様子だった。


 タケシは目を、部屋に戻し、肩で息をしながら、どっちから出るか算段した。


 階段を下りていては遅い。


 かと言って、窓から飛び降りたところで……。


 掴んだ窓枠をきしませて建物の下を覗き込むタケシは、馬車に叫んだ。


「イリアァーー!!」


 小さくなった黒い馬車の中、もうその声が届くはずもない。


 タケシは、うめいて細めた目から、涙をこぼした。







 その背中に小さな足音が近づく。


「──ど、どうなさったんですか!?」


 エステルたちが背後に居た。──いつの間にかである。



「イリアがさらわれたんです。……いや、おれが……置いていかれただけか。でも、どっちにしても、もう最悪のことに……」


 そう言いながら、怯えたガフの目を見る。


 パレードの頭上で空間が歪み、塔が大爆発する光景が見えた。


 タケシは弱気を振り払うように頭を振った。


「でも……、」


 エステルは慌て、


「そうだ!うちの人に連絡を取って……」


 だがタケシは、手を差し出して制止すると、


「待って……エステルさん! それよりも、明日のパレードのルートを……」


 そう言いながらタケシは膝を叩き、「クッソ!!」と悪態をついた。


「ルートを変えたとこでムダだ……! あのグラビトンの前じゃ……!」


 そう、うめくようにつぶやきながら壁際まで、倒れ込むようにタケシは歩み、如意を掴むと、不安げに見上げるガフの頭を撫でながら廊下に出て、世話になった親子にふらつく頭を下げた。


「お騒がせしました……、旦那さんに連絡が取れるなら、パレードを中止するように言ってください。あとガフ、ごめんな、お姉ちゃんを止めてみせるからな……!」


 そして、その足でよろめきながら廊下を駆け出した。


「っきしょう、…… 手のかかるご主人様だ」


 うめきながら四階から一階までを、転げ落ちながら下った。


 ──イリアはあの時、指を光らせていた。


 タケシは嫌な動悸に顔を歪めた。


 きっと彼女が魔法で何かをしたに違いない……。



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