2-15 使命をのせて
緑色のウエストコートを羽織った男は、笑いジワだらけの顔をタケシに振り向けた。
「――ということは、ユーがさっきの奴隷か」
「って、おまえ、どっから入ってきやがった!」
タケシは剣幕を張りつつ、床に膝と手を着けてイリアまでの距離を測る。
一方で、窓辺の男は、軽く左右を見回し、
「──どこって。ここからだけど」
まるで、高さなど気にしていないように、灰色の目を細めた。
「それとも、玄関からの方がよかったかね?」
タケシは、憤りに顔を赤くした。
「あ、あたりまえだろう! 四階だぞ、しれっと重力を無視すんな!」
頭を掻く男は、ちらとイリアに目をやった。
「わかってもらえなくて残念だな。これでも気を使ったつもりなんだけど……」
すると、二人のやりとりに目を覚ましたのかイリアは、体を起こし、眠そうな顔をこすりながら言った。
「いや、黒羽。窓からで助かったよ。タケシ、これでいいんだ。ガフたちが見たら一大事だったぞ」
タケシは奇妙そうな顔をした。
「ふたりを驚かせてしまう、って…… こと?」
イリアは首を振った。
「いや。そうじゃない。彼らをさらに巻き込む必要はないだろ」
イリアの落ち着き払った声に、タケシは息を飲んだ。
「……もし、そうなれば、この男はガフたちを躊躇なく口封じする。だからユー、あまり大きな声を出すんじゃない」
彼女が言う「口封じ」の意味がどれほどの行為を指しているか、すぐにタケシは理解した。憲兵たちの切り裂かれた喉に触れたときの軟骨の角の立った手触りとぬめりが、タケシの手に残る記憶として駆け抜けていく。
「たしかに……」
すると窓辺に腰かけた男は、しみじみと口角を上げた。
「嬉しいねぇ。若い子は話が早くて。なんせ大仕事の前だ。騒ぎはさけたい」
だがイリアは、白けたような顔で眉を平らにした。
「──よく言うぞ。あんな派手な真似をして」
タケシも男の顔に口を尖らせる。
「そうだ、あの
しかし男は、窓枠にもたれかかり、余裕を見せつけるように脚を組んだ。
「あれはウチの奴隷でね。今ごろは憲兵隊の屯所で情報を収集中ってとこだ」
そう言うと男は、遠い空に目をやり、
「──俺様は巡業を隠れ蓑に各国の情報を集めているんだが、まさかのマサカさ。こんなところでウサギが跳び出てくるとは思ってなかったものでなぁ」
そう楽しそうに笑顔を浮かべた。
タケシは、イリアの顔色を伺った。三白眼に変化はない。ウエストコートの男は敵ではないのか。
「案外やり手のようだな。即興で騒ぎを起こし、内通者を憲兵に連行させたわけか」
イリアは首を掻きながら続けた。
「シンプルに行こう。こっちは情報が欲しい。だがウサギを確実に仕留める武器はある。なんと呼べばいい。わたしはイリアだ。家名はミリアス」
すると、男は、
「ゴルドー。 コン・ゴルドー」
そう名乗りながら、細めた目を驚いたように大業な仕草で彼女へと向けて、
「……ミリアスといえば……。ユー、あの伝説のグラビトン使いか」
そして見晴らしの塔へと向き直り、じんわりと笑みを浮かべた。
「──だとしたら、良い場所を見つけたじゃないか。ここなら塔が一望できる。あとはパレードの到着を待つだけ……。なんで俺様が呼んだのか、不思議だねぇ」
その飄々とした声に、タケシは唇を噛み締めた。内臓が浮き上がるような不快感に口の中が苦い。その歪めた顔付きでタケシはイリアに、壁に立てかけてある如意を目配せし、〝あれを使おう〟と提案する。
だがイリアは、指先に清涼な青い光を宿らせて、タケシに向けて穏やかに、
「──
と、詠唱した。
その陽魔力はタケシの身体から、渦巻いていたゴルドーの陰の魔力すなわち
その様子を目に、イリアはつぶやくように言った。
「落ち着け。まだ
そう口にしながら窓辺に向きなおったイリアは、男の肩越しに、見晴らしの塔を指差して言った。
「ゴルドー。あれがお前を呼びつけた理由だ。塔までグラビトンの焦点が微妙に合わない。
ゴルドーは、なるほどと指を噛み、小さくうなずいた。
「──ってことは、あれをガレキにして、って……魂胆か」
悪い予想の的中に、タケシは顔を歪めながら、うつむいた。
出窓越しの空に塔が、風を受け、微かに屋上の緑を揺らしている。
やはりイリアは、明日、あれを崩壊させる気なのだ。
しかも、パレードの最中に……。
そう思うと、焦りに似た苦みが口の中に広がり、イリアの横顔を見上げた。
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