2-17 天秤の上の未来
タケシの表情が強張った。床に手をついて踏ん張りながらイリアの横顔を見上げた。
「イリア、騙されるんじゃないぞ!こいつは自分の手を汚さず、罪を全てきみに押し付ける気だ!」
だが彼女は、タケシを見下ろすように睨み、静かに言った。
「黙っていろ……。罪も何も、わたしはこのために生きてきた」
その声の凍るような冷たさに、タケシは息を飲んだ。
その目のままイリアは、ゴルドーに言った。
「取りぶんは好きにしろ。──こっちの望みは現王家の断絶のみだ。お前たちと違って白羽は凍れる山脈から、これからも、この先も、出るつもりはない」
だがゴルドーは、煙り草の巻紙を摘んで、灰を外に落としながら口角を上げた。
「──どうだかな。長老方はどう考えているかわからんぞ」
イリアは冷たい目を、さらに薄くした。
「どういう意味だ」
ゴルドーは肩をすくめた。
「どうももなにも、忠告さ。大人はユーたちのように純粋じゃない」
そう、謎めかした言い回しをしながらも、さしたる間は置かずゴルドーは、広場の方へと目をやった。
「──さて、善は急げだ。出立はいつにする? 思うに早い方がいい。今夜のうちにポイントへ潜り込むべきだ。朝になれば憲兵があちこちで検問をはじめるだろうからな……」
痛む腰を伸ばすように彼は背をそらしながら、煙り草を再び咥えて、
「──ただな、ひとつだけ、気になるんだよな」
ここの住人のことは捨て置くとして、と、彼はタケシを見た。
「ユーのこの犬……正直言って、リスクじゃないかね」
その言葉にイリアは、強く動悸を覚えたように目を大きくした。
足もとに座り込んだままのタケシも、ゴルドーを睨みながら、如意までの距離を測っている。
とびつくには遠く、むしろ奴がまた妙な魔法を使う前に飛びかかって同体で窓の外に身を投げる方が早いかもしれない。
そのタケシの目は、鋭くゴルドーに向いている。
睨み合う二人の間に、煙り草の筋がとぐろを巻いている。
部屋に流れる僅かな風が、それを揺るがし、タケシは鼻先にかかる煙のすじを手で追い払いながら、番犬が唸るように言った。
「ああ。たしかに、おれはリスクさ。死んだってイリアを止めるだろうもんな」
そう言いながらタケシは、知っているようでイリアのことを何も知らない自分に腹立たしいかのように、
「べつに俺は春の国の王子が死のうが、この世界が焼けようが沈もうが、全く、ぜんっぜん、知ったこっちゃない! ──でも。この子がね、泣くのは黙って見ていられないって、それだけさ」
するとゴルドーは、乾いた笑い声を上げた。
「熱いねぇ、青春。じゃあ代案を出してみろ、今すぐにだ。ユーはどうやって彼女の願いを叶えるんだ……?」
その笑顔が、鋭くタケシに刺さっている。
睨み合う二人の間に、煙り草の筋がとぐろを巻いている。
部屋に流れる僅かな風が、それを揺るがし、タケシの鼻先をかすめ、番犬が唸るように犬歯を剥き出しにして、タケシは言った。
「まずは彼女を止める。そして…… 一緒に…… 考える……」
間を外したようにゴルドーは噴き出し、腹を抱えた。
「ははは。……そりゃもっともだ、ははは……!」
知っているつもりで、イリアのことを何も知らない自分が腹立たしく、タケシは顔を怒らせたまま赤くした。
するとイリアが、口を開いてゴルドーに言った。
「──こいつは、わたしの奴隷だ」
すると、笑みが染み付いたようなゴルドーの横顔は、新しい紙巻を咥え、
「そりゃ構わない。だが情けが邪魔するなら始末を代わってやってもいいぜ、って言ってるのさ」
タケシは自分の膝を拳で叩き、目を閉じた。要するにこの男は、自分を始末してから、ここを出ようとイリアに言っているのである。
「ユーも刺客も端くれなら、私情に流されちゃあいけないよ。──密謀が綻ぶのは古今東西、
そう言うとゴルドーは、脚を組み替えた。
「──しかたねぇ。おい奴隷、このミリアスとは長いのか」
その言葉に、タケシは表情を硬くした。
「──まだ。三日目だ」
するとゴルドーは
「にしてはよく懐いているじゃないか。うちのとはエラい違いだ」
そして灰色の目で、タケシを見据えて、笑みを深めた。
「それなりに勘は良いようだが、王子の暗殺については、どうやら何も知らされていなかった様だな。よければ答えてやるぞ? 聞け。俺様がなんでも話してやる。冥土の土産というやつだ。お前も知らずに殺されては納得できないだろう?」
口ごもるタケシに、イリアは、その口を牽制するような手を張りだした。
「何も聞くな、タケシ。こいつはユーを処分せざるを得ない状況を作りたいだけだ」
そしてゴルドーに向けて、
「タケシにはわたしが話す。あと、言ってなかったがな、この家は禁煙なんだクソジジイ……!」
そう指先に宿した魔力で、煙り草の先端から火口を切って落とした。
「っちょ、アッチ! ひでぇことしやがるな!」
膝を払いながら顔をしかめたゴルドーに、イリアは指先をさらに青く光らせてまりょをチャージしながら、
「いくら黒羽の
そう、殺気を込めた警告で、髪を逆立てて凄んだ。
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