2-5 光と影
タケシは肩を落とした。
同胞だと言うだけで、
イリアも、冷静になれと彼に言う。
「おそらく、彼女はサーカスか、あの座長が所有している奴隷だ。今日明日、使役魔獣にされる心配はない」
タケシは、遠くなっていく人垣と中庭を振り向いて、
「だけどさ、それだけじゃ、あの子が幸せかどうかは分かんないよ。それこそ直接、聞いてみないと……。それにさ、」
イリアの背中でタケシは、眉をひそめた。
「女の子のキミに、おれが言うのも、なんだけど……」
しかし、言葉の続きはイリアが、穏やかに遮った。
「──わかってる。だがな。時として、力なきものは野にあるよりも、囲われている安寧を選ぶものだ」
タケシは口惜しいのか、目を固く閉じて、如意を握った。
転生者の捕縛令は、髪の色や産地、また
小柄なイリアの背中が揺れながら塔へと向かう。
「……それに、だれも見捨てるなんて言ってないぞ」
タケシは歩きながら、目を上げた。
「──え? それどう言う意味?」
するとイリアは、一瞬だけ肩越しに振り返って、
「今日は、あの塔を直接望める場所に宿を見つける。そして明日、わたしはこの旅を終わらせる」
そしてまた塔へと向き直り、
「そのあとは予定がない。──生きていれば、明後日、サーカスを見物してもいい」
「ほんと!?」
タケシは、人混みの中、先行くイリアに駆け寄って、前方に回り込んだ。
「イリアが手伝ってくれるなら、きっと
だが、そのタケシの肩を猫のように通り過ぎ、イリアは、
「誰がそんな事を言った。わたしは単にサーカスを観てみたいだけだ」
ずれたカバンの肩掛けを正し、テントの軒先に塔の先端を垣間見ては歩みつづける。
しかし、お互い収穫は無かったわけでもなさそうで、
「だが、おかげで分かったことがあるぞ」
イリアは、嬉しいような哀しいような目を前方に落とし、タケシは、その横を寄り添うように歩く。
「──分かったこと?」
イリアは、伏せ目がちに歩きながら、唇を動かした。
「ああ。転生者の捕縛令が、今もなぜ、バルディアに残されているのか、わたしはずっと考えていたんだ」
その遠い目に、雪が降っている。
「──そう。子どものころからな」
彼女は、母親とともに、その雪降りやまぬ冬の国に暮らしていた。
「北バルディア、冬の山脈は、重力魔法使いの山だ。バルディアの国際法も憲兵の手も及ばない」
だから、追われの転生者がよく逃げこんでくる。イリアは目を細めた。
「母さんも、そのひとりだったんだ」
タケシは、唖然としていたが、彼女の横を歩きながら、
「──母さんて、じゃ、イリアの実の母親が、転生者ってこと?」
イリアは「いや。血は繋がっていない。わたしは父の連れ子だ」と言うと、懐かしそうな目を細め、上目遣いにタケシを見た。
「でも。わたしには最高の母さんだった」
そして、胸元からペンダントを出し、彼に見せた。
タケシは息を呑んで、目の前の光景が信じられないかのように、そのペンダントに目を凝らし、確認をするように見る角度を変えた。
「どうだ、ユーも懐かしいだろ」
その先には、薄銀色の硬貨が五枚、リングを通して吊るしてあるのが見える。その硬貨を彼が、見間違えるはずもない。
「い、一円玉!?」
イリアは、そうだと言いながら、
「母さんがくれたものだ」
胸元にそれをしまい込むと、前を向き、目を伏せたまま歩きだした。
「だから、そんなくだらない法律を、どうして未だに下界が守っているのか。子どもの頃わたしは本当に…… わからなかった」
だが、彼女は、ほろ苦い顔で天を仰ぎ、
「しかしな、わかっちゃったんだ…… ユーを見ていたら、その理由がな」
露店のテントの中、透明な空を見上げて、雪の降るような目で、イリアはつぶやいた。
イリアは、雑踏の中、路地にそってのびる空を見上げた。
「それは、ユーたちに助け合おうとする性質があるからだ」
青い空に、あるはずのない雪がちらついている。
「転生者は放っておくと仲間を見つけ、絆を結ぼうとする。だが、それがバルディアの既存の平和を脅かしかねない」
「──そんな……」タケシは歩調を落とし、視線を落として考えこんだが、
「……でもさ、」イリアの横に追いつき、
「きっと、それは逆の立場でも、一緒じゃないかな」
仮に、バルディア人が地球へ飛ばされたとしたら、転生先でバルディア人同士は助け合うのではないだろうか。
「現に、昨日だって、あの
歩みを止めないイリアの顔にむけ、タケシは張り詰めていたものを吐き出すように熱弁したが、彼女は、
「──しないな。」
即断して答える。
「あのトズランが正しい。共闘したとしても、戦いの前と後は他人同士だ」
そしてタケシを横目に見ながら、低い声で言った。
「勘違いをするなよ。あくまでも昨日がイレギュラーだったんだ」
呉越が同舟したとはいえ、野伏と憲兵が、タケシを触媒にして共闘したのだ。
イリアは歩きながら目を伏せた。
「── だからお前は危険なんだ。バルディア人にとって」
そして自戒するように言った。
「それに、また敵として、連中は会うかもしれないんだ。いちいち仲良くなんかしていたら、心がもたない」
だが、それでもタケシは、あの
「──四勇者も、最初はこんな気持ちだったのかな」
武術着の懐に手を入れ、小さな白い花束をさがした。
悔恨が胸を針のように刺す。
彼は、シロツメグサの花束を手に、これをイワエドを発つ時に捧げてくれた子供たち返したい気分になった。
同じ小さな花束が、イリアの髪にも飾られている。
振り返りもしないが、彼女はつぶやくように言った。
「でも、そういうおせっかいが積もり積もって、昔のバルディアの人たちは彼らに救われたのかもしれないな」
タケシも独り言のように言う。
「だから今でも…… 子供たちは花を摘んで、四勇者の石像にお供えする」
イリアは答えない。ただ昨日のことを思い出しながら、花束を髪にして歩く。
タケシも手の、小さな花束を見つめている。
「きっと、今の転生者もそうさ。みんな、この世界で新しく生きなおす意味を、見出したいんじゃないかな」
イリアも、歩きながら目を閉じた。
「そうかもしれないな」
しかし、感傷には浸らないかのようにイリアは、目を前に向けた。
「──でもな、タケシ。魔王クロウホーガンも、元を糺せば転生者だ」
言いながらその目を、しきり右に向けるイリアは、テントの屋根を重ねるように密集した露店同士の切れ間から、垣間見える塔を見ながら言う。
「かつての転生者、クロウホーガンが同胞である転生者と手を取り合い、バルディア人からの迫害を退けるため、異世界の技術を使って使役魔獣を生み出した」
そして全土を統一し、圧政を敷いた。
そこに暗黒時代がはじまり、遅れて転生してきた四勇者が、北バルディアの民を率いて蜂起した。
「その結果、バルディア人の半数が飢え、病み、死んでいった」
そう言うと、イリアは路地から先に出て、立ち止まり、
「そこは変えられない事実なんだ、タケシ」
そしてタケシへと向き、言った。
「転生者と、バルディア人。ユーはどっちが被害者だと思う」
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